Kria Brekkan & Natalie LeBrecht 2007.11.17:Shibuya O-Nest

 アイスランドのエレクトロニカバンド、Mumの一員として活動していたクリスティン・アンナ・ヴァルティスドテー。当初は双子の妹ギーザと共に、演奏だけでなくヴィジュアル面でもバンドのイメージを担っていたと思われたのだが、まずギーザがバンドを脱退。クリスティンの方も、いろいろ事情はあったとは思うが去年バンドを脱退。現在はアニマル・コレクティヴのメンバーと結婚し、ニューヨークで暮らしているそうだ。そのクリスティンが、クリア・ブレッカン名義でソロ活動を行うこととなり、そして早くも来日が実現した。


 まずはオープニングアクトで、Pianaという男女の日本人ユニット(といっても、男性はサポートだったらしい)。女性がヴォーカルとリズムギター、男性がリードギターで、iBookからサンプリングを流しつつシンプルな歌と演奏を披露するというスタイルだ。歌詞こそ日本語だが、その声色は明らかにエレクトロニカを意識しすぎていて、意図的にウィスパーヴォイスに仕立て上げようとしていて結構無理しているように見えた。曲により、女性はキーボードを、男性はサックスをこなすなどの器用さも見せてはいたが、如何せんサンプリングに依存しすぎているのが鼻についてしまった。





 セットチェンジは、ものの10分程度で行われた。フライヤーには、クリスティンとアニマル・コレクティヴのメンバーであるナタリー・レブレヒトとの共演と書かれていたのだが、ここでスタンバッていたのはナタリーひとりだけだった。彼女はステージ上で生着替えをしていてやがて白いドレス姿になり、履いていたサンダルも脱いで素足になり(細かく書くとタイツを履いていた)、そしてまもなく場内が暗転。どうやらクリスティンとの共演ではなく、ひとりひとり別々のステージとなるようだ。


 ナタリーはステージ向かって右側に立ち、足で機材を操作してサンプリングを流してはコントロールし、それに合わせて歌っていた。歌うといっても、その大半は動物の鳴き声やさえずりを思い起こさせるような擬声であり、時折英語詩を聴き取ることができた。驚いたのは、1曲1曲を明確に区切ることがなく、絶えずサンプリングを流しっぱなしにしている中で彼女も歌っていて、それが40分以上も続いたのだ。サンプリングは電子音~アンビエントなテイスト~アフリカンなビートと徐々にシフトチェンジして行き、また自身の歌声を反響させたりループ処理を施したりしていた。そして彼女のパフォーマンスを、向かって右の袖の方からクリスティンが観ていた。





 再びセットチェンジとなるが、この日のどのアーティストもそうだったように、クリスティンもステージに現れ自分でセッティングをした。楽器はキーボードだけで、しかもクリスティン側が持ち込んだものではなく、会場のO-Nestに常設されていてPianaの女性が使っていたのをそのまま引き継いで使うようだ。少し真中にずらし、エフェクターをボディーの上に置くなどの若干の位置修正があったのち、クリスティンはキーボードの前に座って、鍵盤に指を滑らせながら音合わせをし、時折スタッフを呼んで指示を出していた。


 チェックが終わったところで彼女はいったん袖に下がったが、お茶?の入ったグラスを手にすぐさまステージに姿を見せ、「コンニチワ♪」と軽く挨拶した後にライヴが始まった。まずはポータブルのカセット(DATかと思っていたが、カセットだった。しかもパナソニック製!)を再生させて、自分の口元に寄せながらしばし擬声を発していた。やがてカセットをキーボードのボディーにそっと置くと、今度は鍵盤を叩き、弾き語りで歌うというスタイルにシフトした。


 クリスティンはダークブラウンに模様が入ったドレスをまとい、黒のショートブーツを履いていた。以前のMumやマイス・パレードのライヴを観ていた限りでは、ロングヘアーのイメージがあった。のだが、ここでの彼女の髪は肩口の辺りまでの長さだった(しかしよく見ると、一部の髪を束ねていてドレスの襟の中に収めていた)。Mumのときはヴォーカルだけでなくアコーディオンやサンプリングなど複数の機器を曲毎にこなし、職人的な技量を見せていた。一方で妖精のような現世離れしたオーラを放っているたように見え、私は勝手に小悪魔のイメージを抱いていた。しかし今の彼女は小悪魔と言うよりは地に足のついた大人の女性というように見え、ひとりのアーティストとして歩まんとする逞しさを感じることができた。





 キーボード弾き語りというスタイルで、彼女も先ほどのナタリーと同様、曲を完全に止めるということをしなかった。常に鍵盤を叩きながら歌い、時には左手で鍵盤を叩きながら、右手でエフェクターの調整するといったようなことをやっていた。時折歌ではなくハミングをしながら調整をしていたのだが、後で考えるとあれが曲と曲の間だったのかもしれない。彼女は手帳を鍵盤のボディーに置いていて、恐らくはそこにセットリストかもしくは歌詞が書かれていたと思われる。


 バンドからソロに転じたとはいえ、その音楽性はMumを継承したエレクトロニカ路線になるものと、私は想像していた。のだが、サポートメンバーの一切いない彼女ひとりだけという完全ソロ編成であることや、楽器が実質キーボードだけということもあり、ここでの音楽性はMum時代とは大きく方向性を異にしている。かつてプロデューサーのボブ・エズリンが、「耳で聴く映画を作ってはどうか」とルー・リードに提案し、それを受けて出来上がったのが傑作アルバム『Berlin』だった。ここでのクリスティンの音楽は、中世の欧米の世界観を描いたかのような、「耳で聴くおとぎ話」のように思える。


 音楽性はMumとは異なっているが、一方で変わっていないものもある。それはもちろん、彼女の声だ。ウィスパーヴォイスと形容されることが多いが、今回間近で観て聴いて、彼女の声が「作られ」「仕立て上げられた」声ではなく、ほんとうに彼女自身の地声であることがわかり、ぞくぞくした。こういう声をナチュラルに持ち得てそして発することのできる人が、同じこの世に存在しているなんて、と。さてライヴだが、アンコールを含む計50分くらいのヴォリュームとなった。クリア・ブレッカン名義ではまだ7インチのアナログ盤をリリースしているだけであり、まだ持ち歌が少ないことを考慮すれば、個人的には満足のいくヴォリュームである。





 O-Nestはビルの6階が入場口になっていて、ライヴフロアはひとつ下の5階になっている。つまり、帰るときはいったん6階に上がってエレベーターで下まで降りるのだが、ライヴを前方で観ていた私は帰るときは逆に最後の方になり、そしてエレベーターに並ぶ列も長くなっていたので、あせらずに6階のラウンジで少し休み、それからエレベーターの列に並んだ。列が少しずつ進み、あと少しで乗れそうというところにまで来たときに、思わぬラッキーが訪れた。実は、構造的にエレベーターのすぐ横が楽屋入り口にもなっていたのだが、そこからクリスティンがふらっと現れたのだ!


 以前マイス・パレードのライヴのときは、終演直後からメンバーが6階ラウンジで客に混じってふつうにくつろいでいて、握手のし放題だった。そういうことがあるにはあったが、クリスティンの場合こちらに出てくることはないだろうと思っていた。それがすぐ目の前に現れたのだからびっくりで、彼女と目が合った私はすかさず手を差し出し、「Thank you for good performance♪」と言ってみた。すると彼女も手を握り返しながら「Thank you for coming♪」と言ってくれ、その後開演前に物販で買っていた、彼女が表紙になっている雑誌にサインもしてもらった。その場はたちまち即席の握手会&サイン会&記念写真撮影会となり、私を含めその場に居合わせた人たちは夢見心地の気分になった。彼女がそうしたファンとのコミュニケーションにフレンドリーに接してくれたことがとても意外ではあったが、もちろんたまらなく嬉しかった。





(2007.11.18.)


















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