東京事変 2007.11.11:Zepp Tokyo

この日私が手にしていたチケットは、2階の立見席だった。番号順に整列して入場し、そのままスタッフに2階まで誘導される。立見席は正式な場所が存在するわけではなく、最上列の通路のことだった。スタッフからは、通路を離れて階段や前の手すりの方へは行かないよう注意があった。私は整理番号が比較的若かったこともあってか、向かって右の最前列の手すりを確保することができ、ステージはもとよりフロアの中段辺りまでをきれいに見渡せるポジションだったので、このまま陣取ることに。開演間近になると、後ろの方に二重三重と立見の人の列ができるようになった。





 予定時間を10分近く過ぎたところで客電が落ち、最近の時事ニュースの音声がランダムにSEとして流れる。その間に、ステージ向かって左の袖から椎名林檎を除くメンバーが登場して持ち場につき、『復讐』のイントロが始まった。少ししてから椎名林檎がステージに現れてここで場内から歓声が飛び、彼女が歌い始めたところでまた歓声が沸いた。メンバーの衣装は、横浜公演のときと同じ。ステージセットも基本的には同じだが、ただ今回は前方両端に3段くらいの階段が設置されていた。


 実は、私はこの日のライヴに大きな不安を抱いていた。というのは、前日にも同じくZepp Tokyoで公演が行われていたのだが、ネットで情報を仕入れた限りでは、どうやら椎名林檎が風邪をひいていて本調子ではないらしく、ライヴそのものも今ひとつの出来に終わっていたということだったのだ。そしてこの日だが、『復讐から』続く『酒と下戸』と観る限り、風邪をひいているのは本当だとわかった。声はがさがさしていて精彩を欠き、伸びがなかったのだ。少し前にデヴィッド・シルヴィアンの公演でやはり本人の体調が悪く、曲カット&アンコールなしという状況にでくわしたばかりだったこともあり、このライヴが途中中断とならず、果たして最後まで遂行されるのだろうかと気が気でならなかった。


 がしかし、ライヴは私の思ってもみなかった方向に展開した。メンバー紹介ソングである『歌舞伎』で各メンバーが披露したソロは、いつも以上に彼女をサポートせんとするように見えたのは私だけだっただろうか。そしてそのままメドレーで『Osca』となるのだが、ここで彼女はやった。凄まじいばかりに情念を込めて歌い、鬼気迫る異様な雰囲気を発していた。そして歌いながら両端の階段に歩み寄り、そこに寝そべって足を伸ばすなど、悩ましいポーズを取った。これは挑戦であり、そして挑発だ。オーディエンスに対する挑発であるのはもちろんだが、決して万全とは言えない自分自身を鼓舞するために彼女が選んだ荒療治だ。





 鬼気迫るヴォーカルとは対照的に、MCは通常通りだった。続いては『ランプ』~『ミラーボール』~『金魚の箱』と、新譜『娯楽(バラエティ)』からの曲を畳み掛けるのだが、ここでまた彼女は鬼気モードに戻り、場内にはただならぬ雰囲気が漂った。ソロ時代から何度となく彼女のライヴを観続けてきているが、このギリギリ感は下剋上エクスタシーツアーのときを思い出させる。ソロ時代のときの彼女はとにかく生き急いでいるような感じで、観ている方の胸が締め付けられる思いがしていた。それが東京事変になってからはいい意味でリラックスしていると思っていたのだが、今ここでの彼女は自身の中に眠っていたであろうソロ時代のモードを復活させている。


 『群青日和』を経て、『ピノキオ』の終盤で林檎女史は袖の方に捌けて行き、ここでメンバー4人によるMCタイムとなる。このMCも横浜のときより長めで、ツアーを続け各地を転戦したことでメンバーたち自身もアガッている状態なのだと思われる。まず口火を切るのが浮雲で、次いで鍵盤の伊澤となるのだが、これって第二期から加入した2人をより前面に出して行こうということなのかな。浮雲はモーターショウに行ってデロリアン(映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」に使われていたタイムマシン)のことをマニアックに話し、伊澤は「イザバウアーやって♪」という歓声に「あれは2006年モノなんでもうやりません」「イザバウアー改めジャック・バウアーと言ってみたが全くウケなかった」と言っていた。


 この後、亀田に刃田という事変初期メンバーが話すのだが、刃田のMCはそのまま次の曲のイントロとなりつつネタふりにもなっている。この日のお題は「自分がなりたいアニメキャラは?」で、刃田はパズー(映画「天空の城ラピュタ」の主人公)、亀田はバカボンのパパ、浮雲は(アニメ見ないのでと言った後)バカボンのママと言い、伊澤はじゃあバカボン、という具合。あんまり膨らまなかったなあ。曲は『某都民』で、序盤は浮雲と伊澤とで交互に歌い、それに林檎女史が絡んでくるという曲編成。林檎女史は最初のパートは袖の奥で歌い、2度目のパートのところで衣装替えしてステージに姿を見せた。





 『月極姫』から、横浜ではオーラスだった『メトロ』が歌われ(横浜だけがオーラスで、その後は中盤で歌われる並びに収まったようだ)、『鞄の中身』を経て『丸ノ内サディスティック』に。林檎女史はステージ上を右に左にと歩きながら、最前列に詰めているオーディエンスとタッチを交わし、間奏になると亀田や浮雲が前方に躍り出てきてソロを披露する。こうした、まさにライヴハウス的なノリというのはこれまでの事変にはなかったことで、というのは会場が全てホールやアリーナだったからだ。今回は横浜Blitz以外は全てがZeppという言わばZeppツアーで、スタンディングでの楽しみ方に慣れていない客もいることはいるが、ライヴの臨場感を体現するにはいい試みだったと思う。


 お金を出してライヴに行った人であれば、よほど冷めた人でもない限り誰しもが自分がその日に行ったライヴをスペシャルなものだったと思いたいと思う。では、アーティストにとってはどうなのか。各地をツアーしていて、ある会場では一生懸命にやり、ある会場ではペースダウンしてやるということは、プロとしては基本的にはありえないはずで、特に東京事変クラスにもなれば、どの地域どの会場であっても、オーディエンスを満足させんとするステージをしてきたはずだ。がしかし、アーティスト側にとっても予期せぬ形で、そのライヴがスペシャルになりうるということを、この日私たちは知ることができた。


 まずは亀田が、客の熱狂ぶりは今回のツアーでこの日が一番凄いと言ってくれ、オーディエンスは沸いた。すると今度は林檎女史が、大阪が一番かと思ったけど、この日は超えているというようにより具体的に話してくれて、更に場内は沸いた。亀田はどこの会場でも言っているわけじゃないし、ネット書き込み探してもないからねとフォローしていたが(笑)、まずアーティスト側がこういう発言をすること自体珍しいと思うし、彼らがこういう発言をしたくなるくらい、この日この場に集まったオーディエンスは素晴らしかったのだと思う。東京のライヴはメディアに取り上げられることこそ多いが、オーディエンスの熱狂度ということになると、大阪や名古屋を上回るのは難しいのではないかと、私はこれまで思っていた。しかし、この日のようなこともあるのだ。


 ライヴはいよいよ終盤に差し掛かり、ニューシングル『閃光少女』から『私生活』~『修羅場』~『黒猫道』と、一気に畳み掛ける。序盤は気になった林檎女史の声のがさつきだが、このころになると不思議とそれも気にならなくなった。彼女は合間合間に水分を取ることが多かったし、鼻もかんでいたので、やはり体調自体は思わしくはなかったのだろう。しかしそれでも、肝心の歌そのものはどんどん際立つようになってきていて、プロ魂を見せつけている。刃田の次の曲で終わりですというさらっとしたMCの後、『キラーチューン』で本編は幕を閉じた。





 アンコールでは、今回恒例のツアータイトル「Spa & Treatment」の合唱が3度にも渡ってあり、そして日替わりアンケートである「心」と「体」のどっちをトリートメントしてほしいのかな?という亀田からのアンケートが。「心~♪」「体~♪」「両方~♪」といった声が飛び交う中、この日は結局『体』を演奏。個人的には『心』を聴きたかったのだが、前日が『心』だったらしいので、さすがに2日連続はないよなあ。この後は『SS/AW』で締めて、メンバーはステージを後にした。


 セカンドアンコールもあって(どうやら今回のツアーはダブルアンコールが基本構成らしい)、『透明人間』が披露された。林檎女史は、横浜のときにはしなかったドメス旗を振っていた。そして、びっくりしたのがこの後だ。椎名林檎は、ほとんどのライヴにおいて自分のパートを歌い終えてしまうとまっ先にステージを後にしていて、残されたメンバーが演奏を最後までやり切ってライヴが終わる、という形だったはずだ。それがこの日は、彼女は自分のパートを終えてもそのままステージに留まり、他のメンバーを見守っていた。そして演奏が完全に終わったときにお決まりのバレエ形式の礼をして、メンバーと一緒にステージを去って行った。





 バンド側から、この日のオーディエンスは最高だという、思ってもみなかった賛辞を受けたライヴになったが、それを引き起こしたのは他ならぬバンドの方であり、中でも椎名林檎の名演にあったと思う。逆境を跳ね返す、マイナスをプラスに転化するという魔法の術を、この日彼女は手に入れたのではないだろうか。その劇的な瞬間を目の当たりにできたのはほんとうに幸福な体験だったと思うし、今後の椎名林檎/東京事変の活動からも、ますます目が離せなくなってきた。




(2007.11.17.)


















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