ゆらゆら帝国/V∞redoms 2006.6.11:日比谷野外大音楽堂
梅雨入りしたばかりということもあり、この日は朝から雨が降っていた。現地に到着した頃は雨足が弱くなったので、こりゃ止むかなと思ったのもつかの間、開場して中に入るとまた雨が降り出した。場内では傘の使用は禁止されていて、よって客はみな雨合羽を着用して開演を待つことに。私も、毎年フジロックで使用しているポンチョを取り出して頭からかぶり、時間になるのを待った。
予定時間を少し過ぎたところで、まずはV∞redoms(ヴォアダムス)の4人が登場。個人的には2002年のフジロックで観ていて、そのときは3人のドラムに電子音が絡み、そしてドラムビートは全般に渡ってゆる~く響き渡り、異様とも言える世界観を構築していた。その印象が強かったので、この場で客席が総立ちになったのには驚いた。ゆる~いビートを、席に座ってまったり楽しむライヴになるものと思っていたのに。
ドラムセット及び電子機材が四角形状に配置され、3人がドラムを叩き始める。ドレッドヘアの山塚アイがマイクを持ってステージ前方ににじり寄り、何かをしゃべるのかと思いきや、発したのは「Ahhhhhhhhhh−−−−−−−−」という奇声だった。この奇声を何度か発した後に山塚は自分の持ち場につき、卓上の機材を操って電子音を発してトリプルドラムに絡んでくる。そして問題のビートだが、これがフジロックのときのようにゆる~くはなく、アップテンポでダンスを誘発するようにリズミカルだ。実際、小刻みに体を揺らして踊る客も多かった。
4人のうち2人の男性は、ほとんど変わることなく淡々とビートを刻み、紅一点のヨシミも同様にビートを刻んでいて、山塚のプレイだけがアクセントになっている。私はヴォアダムスについてほとんど知らないと言ってもいいのだが、こうしてライヴを観ていると、このバンドには「曲」という概念があるのだろうかと思う。4人4様のほとんど即興と言っていいようなパフォーマンスの中で、偶発的に生まれてくるグルーヴを目指し、そしてそれは2度と再現することはできない。再現不可なその日そのときその場限りのパフォーマンスをする、そんなふうに思えてしまう。
明確に演奏の「切れ目」があったのは、2回だけだった。曲の概念があるのかどうかはともかく、演奏としてのパートとして考えると、最初のパートは実に30分間延々と演っていたことになる。そしてお次は小品(といっても10分くらいあったが)で、ここでは少し動きがあった。演奏中にヨシミがドラムからキーボードに移行し、か細い声で「Ahhhhhhhhhh−−−−−−−−♪」「Uhhhhhhhhhh−−−−−−−−♪」という、音響志向の歌声を発する。ひとしきりそれを続けると、やがてまたドラムの方に戻った。他のメンバーもそうだが、ミネラルを飲むのも、汗を拭くのも、演奏の最中にそれとなくやっている。
終盤になるとビートのテンポが遅くなって、中盤までのようにダンサブルではなくなり、フジのときのような原始時代モードにシフトチェンジして、異様な世界観が構築された。日比谷野音という会場は、オフィスや官庁などが立ち並ぶ大都会のど真ん中に位置していて、だけど公園の中ということで、そこそこ緑もあるという立地だ。そもそもここでライヴを体感すること自体異様な感覚なのだが、そこへきてこの異形極まりない音楽が鳴らされ、しかも冷たい雨にも打たれて、ある意味極限に近い精神状態でのライヴとなった。ただ、貴重な体験にはなったと思う。
セットチェンジには、20分ほど費やされた。その間ゆっくりと日が沈んで行き、辺りは薄暗くなった。そして時刻が午後7時になろうかというときになって、ゆらゆら帝国の3人が登場。先ほどのヴォアのときよりも場内のリアクションはよく、特に女性からの黄色い歓声が多く飛び交う。そんな中を坂本は「あ、どうも」とぶっきらぼうに挨拶し、『3×3×3』でライヴは始まった。
この日私は、ステージ向かって左側の座席だった。つまり坂本側ではなくベースの亀川側で、こういう位置関係ということもあってか、亀川のベースと柴田のドラム、つまりリズム隊が発するビートがクリアに耳に入ってきた。亀川は上半身をやや前かがみにしてはいるが、見た目的に大きなアクションはなく、淡々と弾いている。そして柴田だが、私のところからは機材に埋もれてしまっていて、その姿はほとんど見えなかった。
曲間が空けられることはほとんどなく、次々に連射される。独特のリズムを刻む『夜行性の生き物3匹』や、詞も曲調も脱力系(笑)の『タコ物語』など、比較的最近の作品からの曲が特に印象に残った。坂本はグリーンのTシャツに赤のパンツと、相変わらずシンプルではっきりした色彩のいでたち。歌いながらギターを弾いているが、この日は心なしかヴォーカルに張りがあって、伸びが感じられた。間奏になるとマイクスタンドから離れ、滑らかに動きながらギターを自在に操り、ノイジーなリフを連発する。雨が降っているので、きっとステージの前方も滑りやすくなっているはずなのだが、坂本はまるで意に介していない様子で、いつも通りに暴れていた。
ライヴが進むに連れて徐々に日が沈み、やがて辺りは真っ暗になった。ステージは決してはっきりと明るくはならないが、抑えたライティングの度合いが、一層妖しくそして神秘的な雰囲気を演出した。そしてこの日のクライマックスは、中盤で披露された、まもなくシングルカットされる新曲『次の夜へ』だったと思う。ゆら帝にしては珍しく、トリッキーでもなければ軋んだリフもなく、歌を重視した正統派的な曲で、だけどその歌には力強さが宿っているように思えた。坂本によれば、今年リリースするのはこれだけとのことで、とすれば今後のゆら帝の音楽性を指し示す、舵取りのような位置づけになるのだろうか。
終盤になると、坂本のアクションは更にエスカレートする。機材の上に上がって狭い足場のところでひとしきりギターを弾き、そしてここでついにエビ反りジャンプをして、またステージに降り立つ。かと思えば、足にローラーでもついているかのような滑らかな動きをし、また時にはギターを立てて弾きもする。曲の方は『ロボットでした』を経て、ラストが『Evil Car』となった。最後の最後は、残響音を唸らせたままメンバーはステージを後に。しかし最後に残った坂本は、去り際にしっかり機材のスイッチを切ってから去って行った。なんかお茶目だ(笑)。
雨が止むことはあってもそれは一時的に過ぎず、結局は冷たい雨にさらされている時間の方が長く、観ている側としては結構なタフさを強いられた。野外でのライヴは、天候に恵まれれば気持ちのいいものになるが、ではこの日はどうだったかというと、雨が降ったなりに楽しむことはできた。それは、ゆらゆら帝国にせよV∞redomsにせよ、かなりクセのあるバンドだったからであり、彼らは彼らなりのやり方で特有の磁場を作り出し、私たちはその磁場に包まれて気持ちのいいひとときを過ごしたのだ。ヴォアのライヴはじわじわと攻められていく感覚で、一方のゆら帝はあっという間に時間が過ぎ去ったような感覚だった。
(2006.6.16.)