Belle And Sebastian 2006.6.3:Stellar Ball
会場のステラボールはフロアの形状が横長で、スタジオコーストに近いイメージのライヴハウスだ。そしてこの日の公演は、土曜日ということもあってか売り切れだそうで、開演時間近くになると、1階フロアは右側にわずかなスペースがあるだけで、後はほぼすし詰めの満員状態に。しかし私のいる2階席は、結構空席があった。
定刻を10分ほど過ぎたところで客電が落ち、向かって右の袖の方からメンバーが登場。それぞれが持ち場につき、ライヴがスタートする。陣取るメンバーは8人という大所帯で、中央前方にスチュアート・マードック、右にギターのスティーヴィー、トランペット、ベースと並ぶ。スチュアートの左には2人の女性が陣取っていて、サラとチェロを弾く人(この人はサポートらしい)。そして後方は一段高くなっていて、右にドラマー、左にキーボードという布陣だ。
そしてこの8人、ドラマー以外は全員が複数の楽器をこなす、変幻自在ぶりを発揮する。スチュアートはアコギ主体だが時にキーボードも弾き、スティーヴィーもギター主体ながらキーボードもこなす。ベースの人はパーカッション、トランペットの人はギター、サラはヴァイオリンやキーボードやリコーダー、後方のキーボードの人は鉄琴を、といった具合だ。サポートの女性は曲によりステージから身を引き、また曲によってはスタッフらしき人がキーボードを弾いたりタンバリンを叩いたりして、つまり最大時は9人で演奏していた。
中盤までは、今年リリースされた新譜『The Life Pursuit』からが中心になった。出だしがスタイル・カウンシルに似てる曲(笑)『Funny Little Frog』を早々に演ってくれたのは、個人的に嬉しかった。しかしベルセバというと、アコギを主体にしたソフトでポップなメロディーを発するというイメージが強いのだが、電子音をベースにしたテクノ調の曲もちらほら見られ、このバンドが音楽的に進化を遂げようとしているのがわかる(でももしかしたら試行錯誤なのかも)。
演奏はほぼ原曲通りの尺でギターソロなどのインプロヴィゼーションも特になく、よってテンポよく曲がこなされる。メンバーがさまざまな楽器をこなす中で多種多彩な音色が堪能でき、それらがまとまっているのは、ライヴバンドとしての力量が成せる技なのだろう。曲によってはカントリー風だったり若干ハワイアン風だったりもして、その音楽性が必ずしもギターポップの枠に留まってはいないことも伺える。
スチュアートは、曲間にメンバーが楽器を変えて次の準備をするという都合もあってか、ほとんど1曲毎にMCする。客のリアクションはというと、曲が終わった直後は割れんばかりの拍手で迎えるが、その後はしぃんと静まり返るという感じ。ベルセバのライヴはいつもこうなのか、それともこの日だけなのかはわからないが、スチュアートも少し気になった様子で、「so quiet」と言ったり、ささやき声で「thank you」と言ったりしていた。そうなると今度は外人客が英語でまくしたて、場内がざわつくという具合だ。
最もアクションが活発なのもやはりスチュアートで、ギターを弾かずヴォーカルに徹するときはぴょんぴょん跳ねていて、また途中ステージを降りて、フロア最前に詰めている客とタッチを交わしながら歌ったりしていた。そして終盤、そのスチュアートの合図により、女性客がひとりステージに上げられる。すると、右側からも男性がステージへ。女性の知り合い?この男性は脇の方にナビゲートされて、マラカスを持たされる。一方女性の方はスチュアートとスティーヴィーの間に立つ形になり、そして『Jonathan David』へ。
女性は曲に合わせて踊り、時折スチュアートやスティーヴィーと肩を組んだりハグしたりしていた。そしてこの女性、曲が終盤に差し掛かると脇に追いやられていた男性に声をかけて中央に呼び寄せ、2人で踊っていた。客をステージに上げるという演出は、それまでの流れを壊して、場をしらけさせてしまうというリスクもある。のだが、それまで場内のノリは今ひとつだったのだが、ここではすっかりあったまった。そのままなだれ込むようにバンドは『White Collar Boy』『The State I'm In』と畳み掛け、本編が終了。少し間を置いてアンコールとなり、このバンドの代表曲のひとつであろう『Dog On Wheels』を含む3曲が披露され、約1時間45分のライヴが終わった。
私がベルセバのライヴを観たのは2004年のフジロック以来なのだが、フジのときはグリーンステージのゴタゴタ(モリッシードタキャンの代役が当日まで伏せられていて、そして出てきたのがスミスのコピーバンドだったという、世紀のがっかり騒ぎ)があって、自分の中で気持ちを落ち着けることができないままに臨んでしまっていた。今回はじっくり観ることができたこともあって、フジのときとは印象がかなり異なった。
まずスチュアートのヴォーカルが、CDで聴くよりもキーが高めだったのが意外だった(もちろん、新鮮に受け止めることができたけど)。バンドを統制しているのはもちろんそのスチュアートだが、楽器を弾きながらバックヴォーカルもこなすスティーヴィーとサラの好演ぶりも光ったし、特にスティーヴィーはいじられキャラぶりを露呈していて、なんだか微笑ましかった。しかしその演奏力は確かでバンドの軸になっていたと思うし、実質的にライヴを引っ張っているのはスチュアートとスティーヴィーの2人のような気がした。
(2006.6.4.)