Bob Dylan 2001.3.2:パシフィコ横浜 国立大ホール
個人的にはパシフィコ横浜でのライヴはジェフ・ベック以来2度目なのだが、そのときは幸運にも前から3列目でライヴを堪能。しかし逆にステージに近過ぎて、ホール内の設備や構成がどのようになっているかまで気が回らないうちに帰ってきてしまっていた。この日の私の座席は1階席の後方やや左寄り。ホールの1階からステージまでを見渡せる位置だ。パシフィコは3階席まであり、約5000人収容のホール。東京国際フォーラムに近いイメージではあるが、国際フォーラムは縦長の構造であるのに対し、パシフィコは横に広い。向かって右前方にはVIP席のようなものが突き出していた。
客電が落ちてメンバー入場。アコースティックセットでスタートするが、しかしいきなりわからない曲(『Duncan And Brady』という曲だったそうです)。続くは『To Ramona』。ラリー・キャンベルのマンドリンの音色が冴える、聴いていて心地よい曲だ。やあ皆さん、ボブ・ディラン一座の公演へようこそ~そんな面持ちのすべりだしだ。
そして『It's Alright Ma, (I'm Only Bleeding)』だが、今までCDで聴いたりビデオで観たりしていた限りでは、ナイフのようにギラギラと鋭く冷たい曲調で、その中にディランの情感を込められて演奏されることが多かったように思う。のだが、ここでは妙にゆったりとした曲調で、ディランは優しく温かく歌う。意外であり、びっくりさせられた。これもディランの冒険であり、挑戦なのだろう。
曲が終わると場内は暗転し、次の曲のための準備が進められるが、その間にも誰が弾いているのかはわからないがギターの音色が発せられ、場内は静かにもならないし間延びした雰囲気にもならない。が、ここでかきならされるはエレキギターの音色だ。なんで?と思った瞬間ステージは明るくなり、更に曲は『If You See Her, Say Hello/彼女に会ったらよろしくと』だ!
日替わりセットリストがディランの十八番なのは重々承知のつもりではいたが、当のディラン本人は更にその上を行く。あたま6曲はアコースティックという今回の来日公演の基本的な構成すらここで自らブチ壊し、いきなりのエレクトリック移行。そして隠れた名曲のひとつといってもいいこの曲だ。ラリーはここではヴァイオリンを披露。続く『Simple Twist Of Fate』ではペダルスティールを奏で、サウンドの広がりに貢献している。
演奏全体としてはゆったりモードながら重厚さに溢れ、心に染み入る曲が続いている。オーディエンスのほとんどは座ってライヴを観ているのだが、私は別にこれでもいいと思う。少なくとも私自身について言わせてもらえれば、おとなしく無反応でいるのではなく、ディランが発するエネルギーに魅せられてしまい、呑まれてしまっているのだ。
ゆったりモードの次は『Silvio』で、エレクトリックがバリバリに炸裂。サビはディラン~ラリー~チャーリーのコーラスとなり、グッと来てしまう。正直、私はこの曲が好きではない。シングルヒットを意識したあげく、中途半端な出来に終わっていると長らく思っていたのだ。しかしこの日を以って、「好きではない」から「好きではなかった」と、過去形にして言い切らせていただく。
ここで再びアコースティックに。この先どうなるのか予測不可能な様相を呈してくる。そして『A Hard Rain's A-Gonna Fall/激しい雨が降る』『Don't Think Twice, It's All Right』『Lay, Lady, Lay』の黄金ナンバー3連発。このディランのパワーに、このディランのエネルギーに、とにかくびっくりさせられっぱなしだ。
大宮に比べるとこの日はバンドが更に引き締まり、演奏の精度が一段高くなっていると思う。八面六臂の活躍を見せるラリー。サウンドの底辺をガッチリ支えるデヴィッドとトニーのリズム隊。チャーリー・セクストンはギターのネックを左側に大きく突き出す形で弾き、コーラスではラリーと共にディランをバックアップし、ディランはそうしたメンバーに後押しされながら歌い上げ、ギターをかきならす。ここパシフィコの音響設備は、ソニックシティに劣らず鮮明で心地よい。
『Drifter's Escape』になって、ああやっと本編が終盤に近づいたんだなと逆に安心してしまった。今回のディランは全曲で自らギターを弾き、代わりにブルースハープはほとんど披露されていない。だが、この曲の後半と次の『One Too Many Mornings』ではブルースハープが炸裂。これにもびっくりさせられ、そしてもちろん嬉しいに決まっている。本編ラストは『Leopard-Skin Pill-Box Hat/ヒョウ皮のふちなし帽』。間奏のところでディランがメンバーを紹介。名前を呼ばれた4人は次々に自らのソロを披露し、バンドの結束度が蜜になっているんだなということを再認識する。
アンコールは『Love Sick』で幕を開ける。レッドのライティング。そしてステージバックにはレッドのカーテン。これが会場の設備ではなく、今回ディラン側が持ち込んだセットなのだということに気付く。演奏は幾分ラウドな仕上がりになっていて、ディラン本人によるギターソロも炸裂だ。
そして必殺の『Like A Rolling Stone』!!本編終了時に大半のオーディエンスはスタンディングオベーションでバンドを賞賛したが、座っている人はいた。アンコールでバンドが姿を見せても、まだ座っている人はいた。だがしかし、この電撃のイントロはそうしたオーディエンスをすら貫く。この瞬間に、何を迷う?この瞬間に、何をためらう?ここで場内は総立ちだ。
ボブ・ディランほど人間的な人はいない。私は常々そう思っている。決して完全ではなく、決して最上でもない。私たちと同じように傷つき、悩み、涙するひとりの男なのだと思っている。だけどこのときのディランには、何か神がかり的なものを感じていた。何かが乗り移ったかのような、絶対的な力のようなものを感じていた。私たちオーディエンスはその姿に魅せられ、吸い込まれていた。信じられない光景を目の当たりにし、しかも自分自身もその中にいるのだと感じていた。
ディランが問う。「how does it feel?」と。
私ならこう答える。「今私は、至福の瞬間の中にいます」と。
アコースティックの『If Dogs Run Free』で場内の熱はいったん下げられ、それは『All Along The Watchtower』で再燃させられる。そしてここにも飛び道具はあった。『Forever Young』のアコースティックバージョンだ!!
ザ・バンドの『Last Waltz』でも披露され、3枚組『Biography』のラストにも配置されたこの曲が、21世紀に甦る!いささか変化球モードのアレンジながら、それでもあのサビを歌い上げた瞬間に全身に突き刺さる感動は少しも変わらない。ラリーとチャーリーは意識的にコーラスのキーを変え、その微妙なズレがアンサンブルになって逆に絶妙のコンビネーションを成している。
更に演奏はイケイケモード?の『Highway 61 Revisited』と続き、ラストは必殺の『Blowin' In The Wind』で締めくくられた。場内は更なるアンコールを求めて拍手と歓声が止まなかったが、やがて客電がつき、私たちは現実に引き戻された。
ミュージックマガジン3月号に、小倉エージ氏と菅野ヘッケル氏の対談記事が掲載されている。ヘッケル氏によれば、アメリカでのディランのライヴでも若い客が増えたそうで、彼らはディランの曲についてさほど知らないけど、それでも踊って楽しんでいるそうだ。かつてはグレイトフル・デッドのライヴがそうだったが、デッドがなくなってしまいディランに移行して、ディラン・キャットとも呼ばれているそうである。
そして似たような現象は、ここ日本でも起こっているのだと私は思う。日替わりセットリストに狂喜する筋金入りのファンもいれば、曲は知らずともディランが発する歌や演奏に感動し、酔いしれる若いファンもいる。そうした懐の深さ、振幅の幅広さがディランの魅力のひとつであることは言うまでもなく、そしてこの日のライヴほどそれを痛感させられたこともない。そして私にとっては驚きの連続、びっくりさせられっぱなしのライヴだった。
(2001.3.3.)
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