Sheryl Crow 99.10.16:東京国際フォーラム ホールA
新日本プロレスの東京ドーム大会では、途中休憩の折にスタンド席でウェーブが発生したり、1、2、3、ダァーッというアントニオ猪木のマネをするファンがいたりして、すっかり和んでしまうひとときがある。そしてなんと、およそプロレスが持つ雰囲気とは程遠いこの日のシェリル・クロウのライヴの開演前、2階席ではウェーブが発生していた。
午後6時15分に客電が落ちて、いよいよライヴスタートである。シェリルはグラミー授賞式で見た映像と同様にショートヘアで、白いタンクトップにGパンというラフないでたち。購入したパンフレットの写真では真紅のパンツ姿が際立つがっちりとした体格の印象だったが、実物はとっても小柄で、折れそうなくらいに細身だ。シェリルが前列中央。gとbの兄ちゃんがその両脇に陣取り、バックにはkeyとds、それにバイオリンの女性とチェロのお兄さんというバンド編成。シェリルの小柄さが一層浮き彫りになる。
恐らくもっかの最新アルバムである『The Glove Sessions』からと思しき曲でスタートする(後でネット上で『Maybe That's Something』と知る)。先程の2階席ウェーブの余勢もあってか、序盤から客のリアクションも上々だ。続いての『A Change~』に場内のテンションは一層増す。この後の『Leaving Las Vegas』~『My Favorite Mistake』というたたみかける代表曲で、早くもショウは前半のハイライトに達してしまった。
もちろん最新作に伴うツアーなので、『The Glove Sessions』からの曲が軸となってステージは進む。シェリルはこれまで3枚のアルバムを発表しているが、どのアルバムにもそれぞれにカラーがあって聴きどころがあると感じている。ファースト『Tuesday Night Music Club』は、シンプルでカジュアルで、親しみやすい曲が多い。一転して自らの名前をアルバム名に冠したセカンドは、まずはどぎつい化粧と鋭い眼光のヴィジュアルに度肝を抜かれ、曲の方もストレートでエモーショナルなものが多い。
では新作はどうか。ファーストにあったカジュアルさと、セカンドにあったエモーションが共に見え隠れしつつ、なおかつ荘厳な趣を兼ね備えてはいないか。つまり、これまでのシェリルのキャリア集大成的作品であり、現時点での音楽的なピークを示しているように思える。・・・と書くと、新作が最も秀でているみたいだが、実は私にはこの新作が最も印象が薄かったりする。アルバムトータルとしては最も完成度が高いだろうが、個々の曲が放つ輝きが、前2枚に比べて少し物足りないのだ。
ほとんど全曲でギターを手にしているシェリル。若干前かがみになってギターを弾きながら笑顔で歌うその姿は、稚拙な例えだがまるで女スプリングスティーンのようだ。彼女は単なるシンガーではなく、自分で曲も書けばアルバムのプロデュースだってやる。そして、ライヴパフォーマーとしても申し分ない動き。派手なアクションこそないが、バンドメンバーとのコンビネーションもうまく噛み合っていて、見ていて危なげがない。曲間に話すカタコトの日本語もミック・ジャガー並みだ(笑)。
1曲終わる毎にスタッフが出てきてギターを交換する。この日の私の座席は1階前10列目右側で、ステージ向かって左の袖のところがよく見える位置だった。でもって、そこには何十本というギターが置かれていて、恐らくはそのほとんどがライヴで使用されたと思う。先日、場所も同じここ国際フォーラムで見た"ギター殺人者(笑)"ジェフ・ベックが、ほとんどギターを交換しなかったのと対照的だ。しかしシェリルにはギターが重そうで、見ていて少し痛々しい。しかし、シェリルのこうした渾身のパフォーマンスを見ていると、『The Glove Sessions』が私にとってピンと来ないのは、単に私の聴き込みが前2枚に偏っていただけであったのだと思い知らされる。
すっかりお茶の間でもお馴染みになってしまった『Everyday is a Winding Road』で、シェリルはギターを持たず、マイクだけを手にして歌う。そして、最初で最後と言ってもいいくらいにステージ上を右に左に忙しく歩き回る。場内は再びのピークの予感である。というか、ここまでの1曲1曲がヘビー級ボクサーのパンチのように重量感を備えて響いてきていたのだが。そして、個人的シェリル・ベストの『If It Makes You Happy』では、サビの部分の彼女のシャウトが天井を突き破らんばかりの通りの良さだ。アルバム発表に伴うツアーの度に来日公演を行っている彼女。初来日はリキッドルーム。2度目は(うる覚えですが)確かBLITZ辺り。そして今回はこのキャパ。アーティストとして順調に成長を遂げ(こんなに簡単に言い切ってしまってはいけないのかもしれないけど)、より自らの音楽を濃密にし、そしてその世界観を拡大していく彼女に、拍手を送りたい。
ステージは約1時間半で一旦幕を閉じるが、もちろんアンコールを求める拍手の渦となる。着替えもせずにシェリル再登場。そしてアコースティックギターを手にしての『Strong Enough』(アコーディオン使うのやめたのかな?)。優しいメロディに場内が水を打ったように静まり返り、オーディエンスはその目と耳に全神経を集中させる。ギターのピックを弾く音までもがクリアに場内に響く。心が洗われる感じがする。
そして、ボブ・ディランのカバーである『Mississippi』へ。実は、新作を買って中ジャケを見て、真っ先に私が反応してしまったのがこの曲だった。そういや2年半前にココでボブ・ディラン見たんだっけ。アンコールでステージ前に突進して、まるでライヴハウスのように他の客にもみくちゃにされながら『雨の日の女』を見たんだっけ。もう2メートル前にディランがいるうぅ、と狂喜して失神しそうになったなあ。
ボブ・ディランをはじめ、これまで彼女のライヴを見ていて私が思い出してしまった偉大な先人たち。ジェフ・ベック。ミック・ジャガー。それにブルース・スプリングスティーン。ライヴに行くまではこんなことは予想だにしなかったことだが、今は彼らの姿にシェリルがダブって見えている。これすなわち、彼女の表現者としてのあり方が、この先人たちの系譜を継承することの証明なのだろうか。
2度目のアンコールは『Home』で締めくくられ、最後はシェリルがバンドメンバー全員と肩を組んでおじぎする。バイオリンの女性が異様にガタイがよく、そして更に、チェロのお兄さんがこれまた異様にデカい。最も小柄なシェリルが真ん中になって、おじぎを繰り返す。こんなに小さい彼女が、自分よりひと回りもふた回りも大きなバンドメンバーを率いて、ここまで素晴らしいショウを見せてくれたのだ。
今まで私の中では90'sの女性ミュージシャンといったら、いの一番に頭に浮かぶのはアラニス・モリセットだった(もちろんアラニスもとても素晴らしいミュージシャンです)。それが、この日のライヴを境に認識を改めなくてはならないと思っている。と言い切れるほど、この日のライヴは、この日の彼女は美しかった。そして、素晴らしかったのだ。
(99.10.19.)