Stereophonics 99.6.12:赤坂Blitz
フジロック98のときはステージ遥か後方から眺めていただけで、そこそこいいなぐらいの好感触を持っただけだった。その後の単独再来日公演の評判がやたらに良く、慌ててファースト『Words Get Around』を聴いてみる。なるほどこいつらは98年のブライテストホープだと勝手に決めつけてしまった私。そして自信作『Performance and Cocktails』をひっさげてのツアーで再度の来日。この日私は日中は渋谷HMVで行われたイベントに顔を出し、そして夜はUnderworldの壮絶ライヴ以来となるBlitzに足を運んでいた。午後7時を15分ほど過ぎて客電が落ちる。ウォーッというオーディエンスの歓声が物凄い。そしてノイジーなイントロと共にメンバー登場。『Roll Up And Shine』でステージは幕を開ける。歓声のヴォリュームが一段と高くなる。フロアのオーディエンスがまるで民族大移動のように右に左にと群れをなして揺れている。私見では、この曲だけが他の楽曲と一線を画したメタリックでごつごつした感じになっているが、これもバンドの多彩な音楽的ルーツを考えれば別に不思議でもなんでもない。それはすなわちステレオフォニックスというバンドの新たな可能性のひとつであり、懐の深さを垣間見ることができるのだ。
そして間髪入れずに『More Life In A Tramps Vest』へ。ステージセットは演奏用の機材以外に特別見せるものもなく、いたってシンプル。ステージ中央奥にdsとステュワート。向かって左にケリー。小柄だがノースリーヴのシャツから突き出た両腕は筋肉質だ。ギターをかき鳴らしながらちょっと体をねじってマイクスタンドの前に立って歌うさまにビリー・ジョーを連想する。向かって右は大柄のリチャード。右奥にサポートのkeyがいる。もみあげが長い(笑)。「アリガトウ」というケリーの挨拶。そして自ら曲名を紹介してセカンドからのファーストシングルである『The Bartender And The Thief』へと続く。
ケリーはだいたいマイクスタンドにへばりつきながら歌っている。曲のたびに頻繁にギターを取っ替え引っ替えしていて結構忙しい。リチャードは上体をうねらせながらbを弾いている。しかし、dsのステュワートが凄い。バスドラがジャブのように重くズシリズシリと響き、そしてなんとスティックをクルクルクルと宙に浮かして回しながら叩いている。途中スティックをポーンと高く放り投げて、それを取るのに失敗するご愛嬌もあったが(そしてそのスティックはケリーによってフロアに投げ入れられた)、以後私の視線はステュワート中心となる。
中盤、『A Thousand Trees』では、去年のあの夏の日を思い出す。WOWOWの放送で何度も見たからかもしれないが、Fuji Rock98のステレオフォニックスといったらこの曲、というイメージがいつのまにか私の中に作られてしまったようだ。当時は日本ではあまりメジャーでなく、私もバンド名ぐらいしかインプットされていなかった。しかし、あれは間違いなく新たな鼓動の瞬間だった。新たな息吹の瞬間だった。日中のHMVのイベントで私が彼らに質問したかったこと。それに対して彼らは間違いなく、フジ・ロック・フェスティヴァルのステージに立ったことは自分たち自身にとってもスペシャルな体験だったと答えてくれていたに違いない。
しかしこのライヴは凄い。クソがつくぐらいに真面目なさま。ひたすらシンプルでストレートで豪球一本ヤリの真っ向勝負のようなパフォーマンスなのだが、これが余計な理屈をこねるのも無意味に思えてくるぐらいに気持ちいいのだ。今現在のバンドとしての持ち得る全てをこの日この場に叩きつけている。クーラ・シェイカーのクリスピアン・ミルズのように突出したキャラクターがあるわけではないが、3人が生み出すコンビネーションが化学反応を起こして別空間を作り出している。そしてそのパワーは、エネルギーは、オーディエンスの骨の髄にまで伝わっている。感じることができるのだ。
アルバム2枚というキャリアでは持ち歌もたかが知れている。なのに、そのほとんどを出し惜しみすることなく連発。もともとあまり長い曲がないので、まるでマシンガンのようにこれでもかこれでもかと次々にたたみかけている。いったい何曲演奏したのだろう、と気が遠くなってしまう。がしかし、アップテンポから一転してアコースティック・ギターで切々と歌い上げられる『Traffic』に、ステージが終盤に差し掛かったことを感じつつ耳を傾ける。そして、本編は静かな出だしから徐々に高揚していき荘厳なたたずまいを感じさせる『Just Looking』で終了。
アンコールを求める歓声のヴォリュームが物凄い。ここがライヴハウスであることを忘れてしまいそうだ。最新音響設備を設置した巨大な映画館や劇場なのではないかと錯覚してしまう。アンコールを求めるオーディエンスの叫びと拍手がこうまで激しいのもここ最近では珍しい。
少し間があってメンバーが再び登場する。ケリーがドラムセットに座って笑みを浮かべながら少しだけ叩いてみせる。そして『Check My Eyelids For Holes』でリスタート。セカンドアルバム『Performance And Coclrtails』にジャパンオンリーのボーナストラックとして、ウェールズのカーディフ城でのライヴテイクが収録されているのだが、この臨場感が物凄い。ビデオ発売に踏み切ったぐらいなのだからさぞや壮絶なライヴであったのだろう。メンバー自らが自分たちはライヴバンドであり、年に100本も150本もライヴをこなしているという。今夜のような凄絶なライヴがほとんど2~3日に1回行われているのかと考えるだけで鳥肌が立つ。
ラストはセカンドの最終曲(ボーナストラックを除く)でもある『I Stopped To Fill My Car Up』。哀感漂うメロディ。響き渡るkeyの音色。ケリーの切ないvo。そして後半のインプロ。何故かレッド・ツェッペリンの『Stairway To Heaven/天国への階段』が頭をよぎる。と、ケリーのgに接続されている機材から金切り声のような雑音が。スタッフが出てきて調整してみるが直らず、怒った?のかあるいは半分ジョークなのか、ケリーがいきなり機材を蹴り飛ばし、あげくはギターをぽーんと放り投げてしまった。うまくキャッチするスタッフ。ひと足先にステージ袖の方に引き上げてしまうケリーを尻目に、ステュワートとリチャードだけで演奏。そして終了。ピックやらドラムスティックやらをフロアに投げまくり、フロア前方のオーディエンスとスペースと時間が許す限り握手する2人であった。
ロッキン・オンにUKツアー最終日のレポートがあり、そこではキンクスの『Sunny Afternoon』が演奏されたり、ビートルズの『Day Tripper』のフレーズが飛び出したりしたという。本国と極東の島国との違いはあるのかもしれないのだが、こうした偉大な先人たちへのリスペクトをこの日のライヴでは披露してくれなかったのが心残りといえば心残りだ。がしかし、そんな重箱の隅を突っ突くようなマネは最早不要だろう。ここにはカリスマはいない。圧倒的な存在感はない。がしかし、後ろを振り返らずにひたすら突っ走っているような疾走感を、愚直なまでのひたむきさを、それらを確認できたこと。それらを体感できたこと。そこにこそ意味があったのだと思えるからだ。
(99.6.13.)