Fuji Rock Festival'02 Day 2-Vol.4 Patti Smith
ホワイト・ストライプスのライヴが終わり、私はそのままマーキーに残った。パティ・スミスのライヴを待つためなのだが、同じ魂胆の人は結構いた。そんな中で2夜連続で彼女のライヴを観れるという幸福感を噛み締める一方、少し不安にもなった。夜の神秘性も備わった、フィールド・オブ・ヘヴンという特別な舞台での素晴らしいライヴ。それに比べてここレッド・マーキーは、野外で行うことの必然性が最も薄く、日常のライヴに最も近いステージだ。2夜連続は、ヘヴンとマーキーの順番を逆にすべきではなかったのかと、今更になって思った。
しかしそんな私の不安は、他ならぬパティ本人がものの見事に打ち砕いた。クラリネットを吹きながら登場し、そして昨年のグリーンと同様『Gloria』でスタート。密閉された空間レッド・マーキーは大合唱に包まれ、早くも熱気が充満する。パティもそれを感じたのか、頭に巻いていたバンダナと着ていたジャケットを、早々に脱いでしまった。ヘヴンのまったりライヴとの明確な区別は、当の本人も意識していたと思われ、ここでは出だしから戦闘モードだ。
ステージ前には一段低くなった壇があって(ここは深夜はDJブースとして使われているようだ)、パティはステージからぴょんと飛んでその壇に立つ。集まったオーディエンスをじっと見回し、そしてあのたまらない笑顔を見せる。再びステージに戻ってハードなライヴとなるのだが、この温度差も彼女ならでだ。
亡き夫フレッド・スミスに捧げたラヴソング『Frederick』、そのタイトル通りその場で靴を脱ぎ捨てた『Dancing Barefoot』など、今再びよみがえる名曲の数々。もちろんこれらは"同じことの繰り返し"などではなく、今そのとき、今一瞬を生きんとする、彼女の魂からにじみ出た叫びなのだ。そして異様なまでに高いテンションのせいなのか、1曲1曲がとても短く感じられ、時間が経つのも早く感じる。これは、同じアーティストのライヴを立て続けに観たときに私がよく感じることで、つまり最後の瞬間からの逆算をしてしまうのだ。あとどれだけの間、彼女の曲を聴いていられるだろう。あとどれだけの間、彼女の笑顔を見ていられるのだろう。
ちょっと早すぎる(と私は思った)『Because The Night』と、その大合唱。しかしその直後、パティはステージ上で語り始め、あれほどまでに熱かった場内は一転してしぃんと静まり返る。詰め掛けたオーディエンスは、彼女のことばに耳を傾けた。
今世の中は、間違った方向に進みつつある
人と人との間で起こる争いごと
そして、それによって多くの人が死ぬ
どんな理由があっても、正しい戦争などないし
あなたがた日本人の祖先が、
そのことをいちばんよく知っていることのはず
Don'y forget,Hiroshima !
Don'y forget,Nagasaki !
Peace !
Peace !
私はアメリカ人だし、このことは決して忘れない
私の祖先が戦争したことを、忘れてはならない
私の父も、かつて軍人として戦った
だけどそれは、人を殺すための戦いではなく
平和のための戦いだった
彼はそう信じていた
おぼろげな記憶と私の稚拙な英語力で書いているが、パティはおおよそこんなことを言ったと思う。そして、このときのパティは神がかっていた。何かが乗り移っていたかのようだった。彼女はミュージシャンとしてだけでなく、人としての魅力にも溢れ、愛しく、そして美しい存在だ。彼女がとても優しい人であることも、とても温かい人であることも、そしてとても強い人であることも、わかっていたつもりだった。だけどそれは"つもり"でしかなくて、今このとき、今この瞬間に観た彼女の姿と叫びこそが、彼女の表現者としての本質だったのではないだろうか。
彼女の魂の叫びを引き継ぐようにして、力強い『People Have The Power』が放たれた。魂の叫びを受け取ったオーデイエンスは、更なる大合唱で彼女を迎え、その熱気で場内を飽和させた。そしてレニー・ケイのさりげないリフで始まった『Summer Cannibals』はダメ押しとなり、かつ私が聴きたい曲のひとつだった。度重なる悲劇を克服して復活を遂げた96年作『Gone Again』の中でも顔となっている曲だと思うし、97年についに実現した初来日公演でも、ハイライトになっていた曲だからだ。
ラストは『Babelogue』~『Rock N Roll Nigger』となり、昨夜同様、そして昨年同様に、彼女は目隠しをし、ギターの弦を1本ずつ切った。このパフォーマンスは、彼女が自分が今ここにいる、存在していることを確かめるための、儀式のように思えた。そしてオープニングのときと同じようにクラリネットを吹き、そのままステージを後にした。
フジロックフェスティバルの中に訪れる、奇跡的な瞬間の数々。それらは時間の経過によって(多少の誇張はあるにしても)伝説と化し、より多くの人に語り継がれる。そうした場面に居合わせることができたという幸福感は、これまでに何度も味わってきた。そして、パティ・スミスだ。彼女を待ちわびていた人にとっても、あるいはフジロックを通じて初めて彼女を知った人にとっても、そして恐らくは彼女とバンドメンバーたちにとっても、ここで過ごしたひとときは、特別なものになったに違いない。ありがとう、パティ。
(2002.8.10.)
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