Good Vibrations - 2つの箱
ブライアン・ウィルソン・ストーリーVol.6
80's後半辺りからレコード媒体はLPからCDに取って変わった。そして既発の音源がリマスターされて発売されたり、LP時代には日の目を見ることができなかった音源が発掘されたりして、聴く側は新譜と同様の感覚で受け取ることができるようになった。その1つの形がボックスセットである。90'sにはビーチ・ボーイズのボックスが2つ発表されている。そのいずれもが超大作にして素晴らしい内容だった。
Good Vibrations
93年に発表されたCD6枚組全147曲の超大作。そしてその内容が非常に興味深い。Disc-1はいきなり『Surfin' USA』のピアノ伴奏のみによるデモバージョンで幕を開け、サーフィン/ホットロッド・ミュージックが怒涛の如くに攻めたてる。まさに60's前半のビーチ・ボーイズの黄金期を収録している。
Disc-2はこのボックスのハイライトだ。まずは『California Girls』でスタートし、『Pet Sounds』からの曲がそれに続く。そして・・・、今まで長きに渡って幻と騒がれ続けてきた『Smile』の音源がココに記録されているのだ。あくまで未完成品ではあるものの、ここに収録されている曲と『Smiley Smile』以降に断続的に収録されている曲群をつなぎ合わせれば、ほぼ『Smile』を再現することが可能なのである。
未発表曲というのはそれぞれなんらかの事情があってアルバムやシングルとして採用されることなくおクラ入りしていた作品であり、これらが後に日の目を見ることによってそのアーティスト像というのが今までと違った形で捉えることができるのだが(中にはほんとうに未発表のままの方がよかった、というクォリティのものもあるが)、『Smile』の音源はなにせ桁外れである。かなりの歳月を経たとはいえ、オフィシャルで発表されたのは快挙と言っていいと思う。
Disc-3は67年から71年の作品を、Disc-4は73年から88年までを一気にフォローしている。Vol.4で少し書いたが、70's以降のビーチ・ボーイズを再評価するためのキーがここにあると思っているので侮れないところである。Disc-5はデモ・テイクや未発表ライヴなどを収録したもの。Disc-6は日本盤とイギリス盤オンリーのミニディスクで、12インチバージョンなどの5曲が収録されている。
果たして『Smile』が発表されていれば、『Sgt.Pepper's~』にこんにち与えられている称号や賛辞をビーチ・ボーイズやブライアン・ウィルソンが手にできたのだろうか、という長らく疑問に感じていたことだが・・・。Disc-2を聴いてみた感じでは、それは起こらなかったのではないか、というのが私の考えである。仮に『Smile』が先に発表されてもビートルズは精神破綻など起こさずに『Sgt.Pepper's~』を発表しただろうし、少なくとも音を聴いた限りでは『Smile』よりも『Pet Sounds』が持つクォリティの方が優っていると思う。私にとってはやはり『Pet Sounds』こそがビーチ・ボーイズ/ブライアンが打ち立てた金字塔であり、『Smile』はその制作のいきさつなどからあまりにも神格化されすぎていているように思う。もちろんDisc-2の音源は"不完全"バージョンであり、単純比較はできないのだが。
Pet Sounds Sessions
こちらは97年に発表された4枚組ボックスで、その名の通り『Pet Sounds』がどのようにして作られたのかを解き明かす内容になっている。当然ながらミックス違いやデモバージョンなどが大半を占めており、見方によっては1枚のアルバムを無理矢理4枚組に引き伸ばしただけ、というように取れないこともない。だが、『Pet Sounds』はやはりそのように扱われるだけの輝きを持ったアルバムであり、ブライアンの創作にかける意欲と執念がにじみ出ているのだ。
ブライアンのソロファーストは88年発表の『Brian Wilson』であるが、例えばピンク・フロイドの『Final Cut』がほとんどロジャー・ウォーターズのソロアルバムであったように、『Pet Sounds』がブライアンの実質的ソロファーストだと言えないこともない。それぐらい、このアルバムにはブライアンの世界観が反映されすぎていると思う。改めて感じる各楽曲群の美しさ。『Wouldn't It Be Nice/素敵じゃないか』『God Only Knows』『Caroline,No』・・・。今回のブライアンのツアーでも演奏されている、ロック史に永遠に残る輝きである。
最後にまたもや余談。『God Only Knows』はデヴィッド・ボウイが84年の『Tonight』でカバー。エルヴィス・コステロもライヴでカバー演奏していてその模様はビデオ『Life - A Case For Song』で確認できる。ボウイはともかく、コステロはビーチ・ボーイズの熱心なフォロワーとみなしていいだろう。この曲は史上初めて曲名に"God"がつけられた曲なのだそう。