David Byrne 2009.1.27:Shibuya-AX=
予想していた以上に客の年齢層は高く、特に中年のカップルがよく目についた。開演直前になって、ピーター・バラカン氏が私の目の前を横切り、PAブースの横に陣取るのがわかった。AXは1階フロアはオールスタンディングだが、2階が指定席になっていて、こうしたライヴハウスの場合、アーティストや関係者などはほぼ間違いなく2階席に陣取るものだが、バラカン氏がフロアにいることに少しびっくり。この人にとっても、思い入れの深いアーティストなのかな。
開演時間ほぼちょうどに客電が落ち、真っ先に姿を見せたのがデヴィッド・バーンその人だった。続いてバンドも登場してそれぞれの持ち場についたのだが、ここでまずバーンが長いMCをし始めた。自分はシェフ&ウエイターで、今夜はブライアン・イーノとの共作やイーノが関わった時代のトーキング・ヘッズの曲をやります、的なことを話したと思う。そうして始まったのが、昨年27年ぶりにイーノとの共同名義でリリースしたアルバム『Everything That Happens Will Happen Today』からの『Strange Overtones』だった。
ここでのバーンの第一声を聴いて、度肝を抜かれた。私はヘッズ/バーンのライヴは今回が初なのだが、目の前のバーンのヴォーカルが、今までCDで聴き続けてきたのと同じ感触だったからだ。髪は白髪か銀髪になってしまっていて歳とったなあという風貌なのだが、音そのものもそしてそれを表現するバーンも、時代を超越した美しさを放っている。このオープニングだけで、このライヴが「行ける」と確信した。
続くは、早くもトーキング・ヘッズのサード『Fear Of Music』からの『I Zimbra』だ。すると、今度は男1女2の計3名のダンサーがステージに登場。実はステージ上はバーンが中央前方に陣取っていて、バンドマンバーはかなり後方にいて、かなりのスペースが設けられていた。そのスペースを充分に使って飛んだり跳ねたりやっている。男性のダンサーが女性ダンサーをかつぎあげたり、女性ダンサーの頭の上を男性ダンサーがジャンプして飛び越えたりと、まるでサーカスのようにアクロバティックだ。
バーンをはじめ、メンバーは全て白い衣装だ。後方はひな壇になっており、中央にドラムセット、右にキーボード、左にパーカッションが、それぞれ陣取っている。キーボードの手前にはベーシスト、パーカッションの手前には、男1女2のコーラスがいるという具合だ。バーンのソロライヴではあるが、この大人数編成はまるで『Remain In Light』期のヘッズのようだ。演奏面では、曲によりパーカッショニストや男性コーラスがアコギを弾いてサポートしていた。
冒頭で、バーン自らイーノがらみの曲を中心にと言ってはいたとはいえ、自身のソロの曲をほとんど廃し(恐らく1曲くらいしか演らなかったのではと思う)、イーノ関連の曲に徹底しているのにはびっくりで、そして個人的にはとてもとっつきやすく、たまらなく嬉しい。『Everything That Happens ~』を中軸に据えつつ、『My Life In The Bush Of Ghosts』からは『Help Me Somebody』があり、そしてヘッズからは『Houses In Motion』や『Heaven』などが披露される。
バーンのギターは、プレイぶり自体はほぼ直立不動で見た目には派手なアクションはない。ではあるが、手先がかなり細かく、アーミングを駆使したり、両手弾きのようにやっていたり、と、よーく見るといろいろやっている。それは当然音の方にも反映されていて、金属的な軋んだ音色が随所に出ていて、だけどそれがもちろん不快になることはなく、むしろ音の世界の幅を広げている。バンドをコントロールしているのももちろんバーンで、曲始めのカウントも自ら行っていた。
パーカッションを擁しているのは、『Remain In Light』のアフリカンな世界観を表現するだろうと、思ってはいた。そしてここで、ついにその冒頭の曲『Born Under Punches』が放たれた。原曲とは少し異なるアレンジだったが、その分ライヴの生々しさが伝わってきて、またこの曲やアルバムが時空を超えて今の世にも通用することを証明しているようにも思えた。更には『Crosseyed And Painless』もあり、そして恐らくライヴ中最大のハイライトになったのは、『Once In A Lifetime』のときだった。以前スマッシング・パンプキンズのライヴで変則カヴァーを聴いたことはあったが、ついにオリジナル(と言っていいよね)を体感することができたのだ。
『Life During Wartime』を経て、『I Feel My Stuff』で本編終了。アンコールは、なんと3回もあった。1回目ではアル・グリーンのカヴァーでありヘッズ初期のヒット曲『Take Me To The River』から『The Great Curve』。2度目は『Air』を経て、恐らくこの日唯一「イーノ期ではない」曲『Burning Down The House』、そしてオーラスは最新作の表題曲と言っていい『Everything That Happens』だった。『Burning Down The House』のときは、男女構わずメンバーのほとんどがチュチュをつけていた。
私は当初、25日の横浜公演のチケットを取っていた。それが一般発売後に「舞台制作上の都合」とかで中止になってしまい、よってその後この日の公演をチケットを取ったのだった。当初は売れなすぎて中止にしたんじゃ、と勘繰ってしまったのだが、このライヴを観た後では少し納得している。24日にスピリチュアライズド公演に行ったときにはその狭さにびっくりしてしまったし、ダンサーを駆使したバーンのライヴでは、横浜ベイホールのステージには収まらなかったと思う。
トーキング・ヘッズといえば、『Stop Making Sense』という傑作映像がある。単なる音楽表現を超え、演劇的要素もプラスされていて、観ていて吸い込まれてしまう魔力を備えた作品だが、この日のライヴでもバーンはそれに通ずる表現手法を用いていたように思えた。ライヴハウスクラスでの公演の場合、演出といったらライティングに凝るかバックドロップに映像を流すくらいが関の山だ。しかしバーンはそのどちらも行わず、人的表現によって素晴らしいライヴを構築した。このオリジナリティーは傑出しているし、そして音楽そのものももちろん素晴らしかった。
ファンとしては、イーノとの共演ライヴやトーキング・ヘッズ再結成なども期待したいところだが、雑誌のインタビューなどを読んだ限り、バーンと他3人との仲がどうしようもないらしく、ヘッズ再結成はまず望めなさそうだ。しかしイーノとの共演はまだ可能性がありそうだと思っていて、もし実現し日本でもライヴが観られれば、こんなに素敵なことはない。
(2009.2.8.)