Bjork 2008.2.22:日本武道館
ここ数年はフジロックやライヴ8などでの来日で、単独公演となると、実に2001年12月以来となる。そしてその2001年のときは東京公演のみで会場もホールクラスとなり、チケット争奪は熾烈を極めていた。しかし、今回は会場もアリーナクラスとなり、限られた人だけが楽しむライヴではなく、多くの人が楽しみを共有できるオープンなライヴになるはず。それはすなわち、新譜『Volta』の作風及び現在のビョーク自身が、そういうモードになっているからだ。
予定時間を10分ほど過ぎたところで、ステージに動きが。まずバックドロップ方面に縦長の旗が横並びになって吊るされた。また、ステージの両サイド前方にも旗が立てられた。これらに描かれているのは、魚や鳥などの動物類だった。そして更に10分ほど経過した後、不意に客電が落ちた。場内がどよめきイントロのSEが流れる中、向かって左の袖から10人近くの管楽器隊が演奏しながら登場。全員が民族衣装と思しきカラフルな衣装をまとっていて、やがて彼らはステージ右後方に収まった。
他のメンバーもこの間にそれぞれ登場して持ち場についていたようで、すぐさま『Earth Intruders』のイントロが流れる。少しして、ビョークが走ってステージに姿を見せ、持っていたマイクで早速熱唱。額にはバンダナのような飾りがあったが、これは実はメイクだ。衣装は、色的にはピンクとシルバーが混合してド派手になっていて、肩口からスカートのところにまで羽根を思わせる装飾があるワンピースだ。妖精を思わせるかなり独特な衣装だが、今いくよ・くるよのくるよ師匠の衣装とも紙一重だ(笑)。
この日の私のポジションは、アリーナ最前列ではあったのだが、かなり右寄りのブロックだった。ステージセットは、両サイドが
中央部のステージよりも1.5倍くらいの高さになっていて、私のところからだとステージ中央前方のビョークこそよく見えるものの、後方に陣取るメンバーたちの姿も機材も角度的にほとんど見えなかった。開演前にステージを確認しておき、後は想定になるが、メンバー配置はだいたい以下のようになっていたと思う。管楽器隊が右後方、キーボードが右前方、左後方と前方にプログラミングの人、その間にドラマーという具合だ。
曲は『Hunter』『All Is Full Of Love』と、サード『Homogenic』から続いてちょっとびっくり。ビョークは一瞬ステージにかかんだかと思うと、次には両手から蜘蛛の糸のように無数の糸を放出していた。更には、意表を突いて『Vespertine』からの『Unison』まで飛び出した。そしてビョークは、歌いながらステージ上を右に左にとゆっくりと歩き、サイドのファンの方に寄るようにしていた。タイツを履いていたが、やはり裸足だった。
必殺チューンのひとつである『Joga』も、序盤のうちにあっさりと披露されてしまった。このときステージ後方からスタンド席上段に向かってレーザー光線が発せられ、クジラや鳥(のように見えた)などが線で描かれていた。対して新譜『Volta』からも、『Vertebrae By Vertebrae』『Hope』などが披露。もっと『Volta』に重点を置いたセットリストになるかと思いきや、キャリアを横断する形でセレクトされている。なおステージ上には小さなモニターは3つほど設置されており、また北東席と北西席の客用にモニターが設置されていた。私も、時折北東側用のモニターに視線をやった。
なんと言っても、圧巻なのはビョークその人の存在感だ、この人の「声」はやはり唯一無二であり、圧倒的である。CDで聴くよりかは幾分か太くなった印象を受けるが、それでも武道館の天井を突き破らんばかりの声量と声質に場内は何度もどよめいたし、私も何度となく鳥肌が立った。曲間にはまめに水分を摂っていて、また水飴のようなものを口に含むようにしていた。実際ビョークは自分の声をとても大事にしているそうで、それもあってか今回の日本公演は必ず中2日空けている。
音楽的にも、そしてパフォーマーとしても、この人は突出している。電子音楽をふつうに導入しているにもかかわらず、パフォーマンスそのものは生々しく肉体性に溢れている。また、繊細な音の組み込みや凝った編集などから考えると、この音をライヴで再現するのは通常不可能と思えそうなものを、それを適切なアーティストを動員することで実現してしまっているのだ。ホルンやサックス、トランペットなどの管楽器隊は男女混合で、そしてひとりを除き背中から旗を立てていた。2人のプログラマーも出すぎず引きすぎずで電子音を発し、彼らが操っているであろうパネルが何度となくモニターに抜かれていた。
凝った音楽をやっているにもかかわらず、それがマニアックにならずポップミュージックとして機能しているのが素晴らしい。きっとこの人は、自分はエンターテイナーでありカリスマであることを自覚していて、聴き手が求めるものを受け止めて理解し、それに応えることを自分の使命にしているのだと思う。確立された独自のスタイルが如何なく表現されていて、聴き手としてはビョークの懐の中にぐいっと引き込まれて行っているような感覚がある。この人がフェスでヘッドライナーを務めるのは、表現者としての素晴らしさもさることながら、その世界観が独特すぎて、後には誰も出て来れないからだと思う。
『Army Of Me』は、重いビートとビョークの声が、初期の曲だという懐かしさを上回った。追い打ちをかけるように『Bachelorette』で弾けたかと思うと、『Cover Me』でビョークはキーボードの人に寄り添うようにしてフレーズを切って歌い、更に『Wanderlust』につないで静まり返った場内の空間と時間を操っていた。動から静に転じたのが、また動へと転じるギアチェンジが起こった。『Hyperballad』だ!
キラーチューンを持っているアーティストの強さは、こういうときに発揮される。イントロが響いただけで場内はざわつき、ビョークが歌い始めたところで(2ちゃんねる風に)キターー!!という雰囲気になった。伝家の宝刀が、ついに抜かれたのだ。再びステージからはレーザー光線が発せられたが、今度は無数に飛び交い、特に何を描くということもなくただただ光のラインが入り乱れていた。そのまま『Pluto』へとなだれ込み、管楽器隊がビョークを囲むように陣取り、上体を大きく前後に揺らしながら踊っていた。ビョークも同じように上体を揺らしながら歌い踊り、さながらステージはダンスフロア状態になり、何でもアリのムードがしばし続いて、本編が終了した。
アンコールは、まずはビョークがメンバーを紹介。プログラミングのひとりマーク・ベルが誕生日だったらしく、ビョークは日本語でお祝いをして♪と言ったらしかったが、客の方はそれに反応できなかった。そこでビョークはすかさず切り替え、(たぶん)アイスランド語でハッピーバースデイを歌った。その後の曲はなんとファーストからの『Anchor Song』だった。19日の公演はアンコールが『Oceania』だったと聞いていたので、セットリストが固定ではないことを理解した(実際、ここだけでなくかなり入れ替わっていたらしい)。
そして、オーラスは『Declare Independence』だ。今回のツアーはほぼ間違いなくこの曲で締めくくっていて、『Volta』においても実質的なラストナンバーに思えるアッパーなナンバーだが、CDで繰り返し聴いてきて、私は正直この曲があまり好きにはなれなかった。というのは、ビョークにしてはロックしすぎているように思えたからだ。
がしかし、私のけちな思い込みはあっさりと粉砕された。管楽器隊がビョークを囲むようにして足を踏みならし、拳を振り上げていた。ビョークはその中で歌うのだが、どんどんエモーショナルな歌い方になっていった。そこに追い打ちをかけるように、ステージ下部に設置されていた機材から紙吹雪が噴射された。最前列にいた私はもろにこのシャワーを浴び、頭部や顔面ばかりか胸ポケットにまで紙吹雪が入ってきた。そしてこの紙吹雪からは、いい香りが漂っていた。紙吹雪は止むどころかむしろ勢いを増して吹き飛び続け、一時はステージがほとんど見えなくなるくらいの勢いだった。本編ラストを上回る何でもアリのムードが続き、そしてついにライヴは終了した。
個人的には、前回の単独来日である2001年の『Vespertine』ツアーでの印象が強烈だった。ただビョーク本人も言っている通り、『Vespertine』は内に向かった作品であり、それはこの人の表現手段のひとつではあっても、メインストリームとは異なっているという考えがあった。他には98年のフジロックでアンコールのみを観ていて、つまり私はメインストリームのビョークを今回初めて体感できたと思っている。ここまでたどり着くのは長かったが、その待たされた感を打ち消して余りある、素晴らしいライヴだった。
(2008.2.24.)