U2 Encore
アンコールを求める拍手が鳴り止まない中、スクリーンが稼動を始めた。子供が書いた顔のようなマーク、すなわちZoo TVのマークがまず浮かび上がる。やがてスクリーンが4分割され、スロットマシンのようにしゃかしゃかと動き出す。スロットが止まり、まず浮かんだのはベートーベンやホリエモンなど。そして次に止まったときは、ブッシュや小泉純一郎の顔が浮かんだ。そして最終的にZoo TVのマークが4つ揃ったところで、再びバンドが姿を見せた。
曲は『The Fly』から『Mysterious Ways』となり、今や懐かしい感のあるサイバー路線が繰り広げられる。当時はそれまでのU2のイメージを大きく覆す大胆で衝撃的な曲に聴こえたのだが、今回改めて聴いてみると、アヴァンギャルドさが抑えられ、むしろU2らしい魂がこもった曲のように思えて、不思議な感触を覚えた。これも、バンドの進化の現れということだろうか。曲の中盤からボノは花道の方に歩き、そしてフロアのへりにいたひとりの女性をステージに引っ張り上げた。女性はしばしボノの抱きついたり、手を握ったり、見つめたりしていた(コレ、U2のライヴでは恒例のこと)。
そして、決定的な名曲『With Or Without You』だ。今回のヴァーティゴツアーからは、昨年5月のボストン公演がリリースされているのだが、そこではこの曲は外れていた。しかし後に復活させた様子で、先のオセアニア公演でも演奏されていたので、ここ日本でも演ってくれたことが素直に嬉しかった。先ほどの女性、いったんはボノが被っていた帽子を被せてもらっていたが、やがて彼女は帽子をボノに返し、曲の途中でフロアに戻って行った。そしてボノはステージに戻り、最後は「Ohhhhhhhhhhh~♪」というフレーズの大合唱に。こうして、1回目のアンコールが終了した。
更なるアンコールを待つ間、スクリーンには人の名前がローマ字でランダムに羅列されていた。先ほどの『One』のときに、NGOネットワークで運営されている貧困撲滅キャンペーンの告知がスクリーンにされていて、メールアドレスが表記されていた。そこにメールを送った人の名前が、表示されていたのだと思う。
再びバンドが登場。今度は新曲『The Saints Are Coming』だ。ザ・スキッズのカヴァーであり、グリーン・デイと世代もジャンルも超えて共演を果たした曲であり、そして昨年被災に遭ったニュー・オーリンズ復興を支援すべく、チャリティーシングルとしてリリースされている曲だ。ビートが効いていて、そしてサビがかなりの早口という、カヴァーだとしてもU2にしては異色の部類に当たる曲だと思う。リック・ルービンがプロデュースを務めたそうで、今後のU2の方向性を示す曲なのかもしれない。
そして『Angel Of Harlem』だ。まずジ・エッジが、ギターを弾きながら向かって左の花道に行き、対してボノは右の花道に。そして2人は向かい合い、アリーナのオーディエンスをはさむようにして切々と歌い、弾いていた。この曲も個人的に好きな曲で、そして私が初めてU2のライヴを観た、93年のZoo TVツアーのセンターステージでこの曲が演奏されたときのことを思い出した。またこのとき、アダムも右横に伸びていた花道の方に歩み寄ってくれていた。
オーラスは、『One Tree Hill』だった。派手さがなく、決めになるようなリフがあるわけでもなく、オーディエンスが一緒になって合唱できるフレーズがあるわけでもない。なので当然、バンドを代表する顔のような曲ではない。ベスト盤にも、日本盤のボーナストラックとしてかろうじて収録されているような扱いだ。しかし優れた曲であることに代わりはなく、こうした曲をさらりとラストに持ってきて演れるところに、このバンドのカッコよさがあるのだと思う。こうして、約2時間10分に渡るライヴが幕を閉じた。4人はそれぞれに握手を交わし、ステージを後にした。その後客出しのSEが流れたが、しばらくの間客電はつかなかった。余韻に浸れ、ということだったのだろうか。
過去2回の来日公演がドーム会場だったこと。それに対して、今回はアリーナ会場であり、しかもフロアはオールスタンディング形式になっていたこと。8年待たされ、しかも1度は決まった公演が延期になってしまって更に待たされたという飢餓感。こうした背景はもちろんある。がしかし、それ以上にU2の4人そのものの姿勢が素晴らしく、パフォーマンスといい演出といいメッセージといい、最高のレベルだった。それがこの日のライヴを特別なものにしたと思うし、極上の空間の中で至福の時を過ごすことができた。
びっくりしたのは、演奏している4人がとても楽しそうだったことだ。ジ・エッジはぴょんぴょん跳ねながらギターを弾いていたし、たびたび花道の方に来てくれたアダムは、ベースを弾きながら笑顔を見せていた。キャリア26年を数え、今や押しも押されぬ存在にまで上り詰めているU2。偉大なる先達にも一目置かれる存在であり、後輩バンドからも目標にされているという、類まれにして稀有な立ち位置を占めているU2。ではあるが、当の4人は気負うことも偉ぶることも飾ることもなく、等身大のまま、これからも質の高い音楽とメッセージを、私たちに届けてくれるに違いない。
(2006.11.30.)
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