Coldplay 2006.7.19:日本武道館
武道館は何度も足を運んでいる会場だが、アリーナ席となるとかなり久しぶりだった。案内図に従い自分の座席を探すと、前方やや左のブロックで、前から5列目という好ポジションだった。ステージにあまりにも近すぎて、もちろん嬉しいに決まっているのだが、その反面戸惑いも感じた。開演間近になると、後方がざわつき出した。どうやらPAエリアに、女優でクリス・マーティン夫人のグウィネス・バルトロワがやって来たようだった。
予定より20分近く遅れて、やっと客電が落ちた。がしかし、真上の日本国旗付近の照明はまだ点灯していて、場内は薄ら明るい状態。そんな中でビートルズの『Tomorrow Never Knows』が流れ(40年前にココ武道館でライヴを行っている、ビートルズに対するオマージュだろうか)、その後ヒップホップ調の曲が流れ、少しじれる。やがて真上の照明も消えると、ステージ後方の横長のスクリーンに4桁の数字がカウントされる映像が映し出され、そしてメンバー4人が登場した。
ギターのジョニー、ベースのガイ、ドラムのウィルはそれぞれ持ち場につき、『Square One』のイントロが始まる。ではクリスはというと、後方左に用意されていたマイクをさっと取り、スクリーンを背負う形で歌い始めた。クリスのシルエットがスクリーンにかぶるような格好になり、U2のZoo TVツアーのオープニングの映像が一瞬頭をよぎる。やがて間奏になり、映像のカウンターはゼロになったのとほぼ同時にギターのリフが唸り、そしてクリスがステージ前方に踊り出した。
クリスは、歌いながらステージ上をあちこち歩き回る。左ににじり寄ったときにはステージ上に寝そべって歌い、右に寄ったときは2階席の方にまで視線をやる。曲が終盤になるとピアノの前に座り、上半身をかがめるようにしてピアノを弾く。続くはそのピアノのイントロが印象的な『Politik』で、そして立て続けに今度は『Yellow』だ。なんという、圧倒的なオープニングなのだ。アンセムを出し惜しみせず、序盤から一気に畳み掛けるバンドの姿勢にすっかり打ちのめされてしまった。もちろん場内は大合唱になったし、振り返って客席を見てみると、2階席の上の方まで総立ちになっていた。
しばし合唱状態が続いたが、曲が終盤に差し掛かったとき、後ろの方がざわつき出した。振り返ると、なんと黄色い大きな風船が、1階席からアリーナに向かって次々に転がされてきたのだ。風船は客の頭上を通る格好になり、自分の頭のところに来たとき、客は手を差し伸べて前の方に風船を押し出した。そうして、風船はステージの方に集まり出し、クリスの手の届くところにまできた。クリスが風船を割ると、中からゴールドの紙吹雪が舞い、これが飛び散ってまたきれいだった。ライヴは、早くもここで沸点に達した。
興奮も醒めあらぬうちに、またもピアノによるイントロが印象的なアンセム『Speed Of Sound』が繰り出された。まるで手を休める様子のないバンドに、彼らが2000年代のアーティストの中でも破格の存在であることを、改めて実感した。コールドプレイはこれまでショウケースやフェスティバル参戦という形での来日はあるが、単独でのツアーとなると、意外にも今回が初めてなのだ。ファンの立場としては、単独公演というバンドの魅力にどっぷり浸れる機会をこれまでずっと待たされてきたという飢餓感があり、その分余計刺激的にこのライヴを体感できている。
『God Put A Smile Upon Your Face』で、ようやく場内が落ち着きを取り戻す。ここまでどうしてもクリスにばかり視線が行きがちだったが、ここで他のメンバーにも注目してみる。右前方にベースのガイ、後方にドラムのウィルで、この2人のリズム隊がしっかりしていることが、音を重厚にしそしてライヴそのものを安定感あるものにしている。そして向かって左がギターのジョニーで、この人は他のメンバーより少し長身だ。その指から発せられるフレーズは、クリスのピアノと並び非常に重要な要素を担っているはずなのだが、にしては驚くほど普通に弾いていて、アクションらしいアクションというのがほとんどない。そしてクリスだが、「ココ ニ コレテ ウレシイ」「モット ニホンゴ ハナセタラ イイノニ」など、日本語MCを連発。そのサービス精神が嬉しくもあり、(私たちが英語を話せないことが)申し訳なくもある。
映像による演出効果も見事で、単にメンバーの表情や動きを捉えるだけに留まらない(これはこれで必要であり、客にとってはありがたいことなのだけれど)。宇宙から地球を捉えるアングルから始まって、それが徐々に拡大されていってやがてある人物を捉え、更に人体の内部までとどこまでも限りなく掘り下げていっているという映像もあった。熊の動きを捉えている映像もあって、このときはスクリーンだけではなく、場内の壁や天井にもその映像が映し出された。
『Til Kingdom Come』を経て、スタッフがステージ前方にキーボードやらいろいろ機材を設営し始める。するとその前方スペースに4人が集まり、アコースティックコーナーへ。曲はジョニー・キャッシュのカヴァーである『Ring Of Fire』と、ファースト『Parachutes』に収められている隠れた名曲『Trouble』だ。キーボードを担当するウィルを囲むようにして、左にギターのジョニー、そして右にギターを弾きながら歌うクリス。ガイは3人の後ろで座っていたのだが、時折前方に出てきてブルースハープを吹くことで演奏に加わっていた。
そしていよいよ終盤。イントロのメロディがこの上なく美しい『Clocks』で、何度聴いてもはっとさせられる。しかしこの場での『Clocks』は、ただ美しい曲としてだけでなく、終盤でエモーショナルな展開を見せた。クリスがピアノのリフをエンドレスで弾きまくって、繰り返されるたびにそのテンポは加速し、場内には息詰まるような緊迫感が漂った。そして最後の瞬間を迎えたとき、場内からは期せずして大きな拍手が沸いた。そこに追い討ちをかけるように今度は『Talk』で、この日何度もそうしてきたように、クリスはステージ上を縦横無尽に駆け巡り、本編が終了した。
アンコールは、『Swallowed In The Sea』で始まった。ステージ後方には白地の大きなスクリーンがいつのまにか垂れていて、そこに歌詞なのかセットリストなのか、手書きのノートの映像がゆったりと流された(ツアーグッズのプログラムの真ん中のページにあるのと同じだろうか)。そして、いよいよあの曲だ。ゆったりめのドラムビートの後にギターのリフが美しく響く、『In My Place』。この決定的な曲をここまで取っておけるところに、このバンドの恐ろしさがあった。そしてこのとき、私たちは曲の美しさを堪能するだけには留まらず、更なる衝撃を受けることになる。
なんとクリスが、曲の途中で歌いながらステージを降り、アリーナ席の左外側の通路を歩いていった。スポットライトがクリスを追いかけようとするもフォローしきれず、やがてクリスはアリーナ後方のPAブースにたどり着くと、そこで熱唱する。2階席の客は身を乗り出し、私のいるアリーナ前方の客も、振り返ってクリスの姿を捉えんとする。こういうことはライヴハウスでならありうることで、個人的にもプロディジーやウィーザーのライヴで体感したことがある。しかし、まさか武道館でこういうことが起こりえようとは、さすがに予測できなかった。なんて奴だ、クリス・マーティン。
クリスがステージに戻り、興奮醒めあらぬうちに、オーラスの『Fix You』だ。いつのまにか先ほどの白地のスクリーンは取っ払われていて、代わりにクリスの頭上に電球が吊るされている。クリスは歌いながらその電球を揺らし、暗めのステージでその電球は妖しく光った。そして曲が終盤になり、4人全員がコーラスをするところに差し掛かると、後方のスクリーンが横並びに4分割され、歌う4人の表情を同時に映し出した。4人それぞれが想いを込めて歌っているように見え、こういうスタイルの曲だから、バンドはオーラスとしてこの曲を歌うのだろうと思った。
演奏時間は約90分で、アリーナクラスの会場でのライヴとしては、ややコンパクトな部類に入る。がしかし、個人的には高いレベルの演奏力とこれでもかというアンセムの連射で、物足りないと感じることはなかった。実際問題、クリスがあれだけあちこち動き回っていて、それでいて曲間を間延びさせないとなると、あれ以上長くはできないのではないだろうか。むしろメンバーは、時間を限ることでその中で最大限の密度の濃いパフォーマンスをしてくれたし、現時点での彼らは完成されたバンドではなく、未だ進化の過程にあるのだと思う。この日は彼らにとってのツアー最終公演に当たり、この後バンドはオフに入るのだろうが、その後生み出されるであろう作品に、私たちはこれまで以上の期待を寄せていいはずだ。
(2006.7.22.)
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