Elvis Costello 2006.6.2:東京国際フォーラム ホールA
今回の公演は、少し事情が込み入っている。まず、本来この公演は2月に行われるはずだったが、「アーティスト側の都合」というはっきりしない理由により、6月に延期になった。そして、当初は2公演でしかも土日に開催される予定だったのだが、振替になったのはウイークデー1公演のみ。会場のキャパシティも2000人規模のホール会場から、5000人規模の国際フォーラムになった。私は1階席左側の前の方の列だったが、後ろを振り返ると、2階席は消灯されていて、人を入れていないのがわかった。
定刻を少し過ぎたところで、ステージには東京シティ・フィルハーモニック・オーケストラの人たちが現れ、それぞれ持ち場についた。次いでエルヴィス・コステロその人がタキシード姿で登場。今回の公演は2部構成なのだが、まず第1部として、シェークスピアの「真夏の夜の夢」にインスパイアされて作曲したオペラ音楽『Il Sogno』を演奏することを告げ、そして指揮者を招き入れる。その人とがっちり握手を交わし、そして自らはステージを後にした。
というわけで、外人指揮者による指揮のもと、オーケストラによる荘厳なるオペラ音楽が奏でられる。オーケストラは、総勢50~60人くらいだろうか。前方から中段までをバイオリンやチェロといった弦楽器が占め、後方にはトランペットやサックス、トロンボーンなどの管楽器隊が陣取っている。更に後方には、右にはドラムセットがあり、中央にはパーカッション、左には鉄琴やハープ奏者などがいた。このハープが結構ポイントになっていたと思われ、個人的にもその音色を心地よく堪能した。
コステロの作風はもともと多彩だが、90'sになってからは更にその幅を広げるようになった。ロックな作品の発表と並行するように、映画音楽の制作やブロードスキー・カルテットとの競演、バカラックやソプラノ歌手とのコラボレートを果たし、そして今回の来日直前には、ジャズの大御所アラン・トゥーサンとの共作を発表したばかりだ。そうした中で『Il Sogno』はかなり特異で、そしてしっかりまとまった作品のように感じる。だからこそ実際にオーケストラを使ってのライヴを実施するのに踏み切ったのだろうし、個人的にはロック中心の音楽趣向の中、クラシック音楽への足掛かりになってくれそうな試みである。
開演前に購入したパンフレットには、『Il Sogno』から演奏される予定なのは18曲とされていた。しかし、ロビーには手書きで演奏予定曲が書かれた模造紙が貼り出されていて、それによると、5曲がオミットされて演奏は13曲となっている。そして、実際に演奏されたのもその13曲だと思われ、時間にすると40分弱くらいだった。単純に内容が短縮されてこれで第1部が終了するのかと思ったら、ここでコステロが再登場した。
マイクスタンドの前に立ち、まずはアラン・トゥーサンとの共作からタイトル曲の『The River In Reverse』を熱唱。続いては96年作の『All This Useless Beauty』、そして『The Birds Will Still Be Singing』ときた。コステロはアコギを丹念に弾きながら歌い、そしてバックのオーケストラもそれに続く。第2部からのはずのオーケストラとのコラボレートが、前倒しのような形で実現してしまった。『Il Sogno』を凝縮させたのは、単に削ったのではなく、終盤に自身が加わって演奏するというアイディアを思いつき、それをした方がベターだとコステロが判断したからだろう。実際、それでよかったと思う。
休憩時間は約20分で、その間にグランドピアノがステージ中央に持ち込まれた。そして第2部となり、コステロはもとよりスティーヴ・ナイーヴも登場。ピアノの前に座ったスティーヴは、なんと坊主になっていた。そして演奏が始まり、コステロ自身が1曲毎に解説を加える形で進行。バカラックとの共作である『Painted From Memory』は如何にもという感じだったが、一方でオケなしで自身のアコギだけで熱唱した『Veronica』は、この日最も「ロックな」コステロだった瞬間だっただろう。
さすがに第1部よりは緊迫感も薄く、オーケストラの演奏にも自由度が増したように思えた。曲によってはサックスやトランペット、ドラムのソロがあり、スティーヴのピアノも際立っていた。またスティーヴと同じく第2部から加わった、グレッグ・コーエンのダブルベースによる妙技もあった。演奏が終わると、コステロはソロパートを演じた人の名を紹介した。中にはタイプライターのような効果音を出すパートがあったのだが、あの音はどうやって出していたのだろう?
終盤になり、今度はお馴染みの曲が連打される。『Almost Blue』や『Watching The Detectives』は初期のコステロ作品だが、特に前者はオケとコラボレートされる用に書かれた曲ではないかと思うくらいにハマっていたし、後者はジャジーなアレンジによって原曲のアナザーサイドを示してくれた。どちらも今年1月にリリースされたライヴアルバム『My Flame Burns Blue』に入っていて、これはジャズフェスを収録をしたものなのだが、コステロの懐の深さを改めて感じさせてくれる。更には、映画に起用され現在のコステロの曲で最もメジャーと思われる『She』も披露。コステロが、こういうのはアンユージュアルだと言っていたのが印象的だった。
『God Give Me Strength』で第2部を締めて、いったんはステージを後にするコステロ。しかしオケを始め他のメンバーはそのままステージに残っていて、こりゃすぐアンコールだなと思ったら、すぐさま生還してくれた。『I Still Have That Other Girl』を経て、お次はなんと名曲『Alison』!コステロ自身のアコギで始まり、オケは間奏で自然に入ってくるというアレンジだ。第2部では「らしい」選曲がされて進んできたのだが、まさかアンコールにきて、この曲をオケバージョンで聴けるとは思わなかった。個人的にハイライトとなった瞬間だった。
この決定的な曲を放ってしまったこともあり、そしてコステロがスティーヴやグレッグやオケを紹介したというのもあり、これでおしまいという雰囲気が一瞬漂った。がしかし、もう1曲『Hora Decubitus』を披露してくれて、更にコステロは人差し指を立てて、もう1曲聴きたいかい?~といったような合図をした。もちろんイエスだ。そしてオーラスになったのは、『Couldn't Call It Unexpected #4』。コステロはマイクを使わず、肉声で歌い上げる。5000人規模の会場でこんなことができるのも、自信と余裕の現れだろう。
終盤になると、コステロは客に対しメロディーをハミングすることを促す。しかし、ここまでのライヴは落ち着いた雰囲気で進行していて、客は参加するというよりは鑑賞するというモードだった。よってハミングもかすかなものに留まってしまい、それならとコステロはステージのへりに座って客を促し、そしてなんとステージを降りてしまった。ここで場内がどっと沸き、興奮の度合いが一段上がった。コステロは前列の真ん中の通路をゆっくりと歩き、通路沿いの客は身を乗り出してコステロに握手を求め、うち何人かには応えるコステロ。そのままPAの辺りまで歩き、ステージには戻らず横の出口から出てしまった。やがて袖の方からステージに生還し、最後の挨拶をするコステロだった。
ロックアーティストが、ジャズバンドやオーケストラとコラボレートする例はこれまでにもたくさんあるが、その場合自らはロックのテイストを持ち込み、他者との異種格闘技的な融合を発揮するのがほとんどだと思う。ところがコステロは、ロックのテイストを持ち込むのではなく、自ら他者の中に入り込んでいって、そして同化してしまっている。こういうことができるアーティストを、私は他に知らない。
コステロは初来日のとき、銀座の歩行者天国で学ランを着てゲリラライヴを敢行して、それは警察沙汰にまでなったと聞いている。それから20数年が経って、その地から程近いホール会場でオーケストラをバックにライヴを行ったというのには、なんだか感慨深いものがある。直球一本槍から始まったのが徐々に表現力の幅を広げていき、やがて大人の鑑賞にも充分耐え得る領域にも足を踏み入れたのだ。そして年を取ったとはいえ、現在のコステロにも若き頃の衝動がまだ残っていると信じているし、ファンとしては、ロックなコステロと非ロックなコステロの、両面が楽しめると思っている。
(2006.6.6.)
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