Paul Weller 2006.3.29:中野サンプラザ

現地には、開場時間よりかなり早く到着してしまった。お茶でもして時間をつぶそうかと思いつつ会場前を通りかかると、人だかりができていて歓声が上がっていた。裏手の入り口につけたワゴン車から、ちょうどポール・ウェラーその人が降り立ったところだったのだ。ウェラーは振り向きざまにさっと手を挙げて応えてくれ、にっこりと笑いながら入っていった。ほんの一瞬の出来事だった。





 さて開演時刻となり、それから5分ほど経ったところで客電が落ちた。ステージ向かって右の袖からメンバーが登場するが、その先陣を切っていたのはポール・ウェラーその人だった。この日はこの人にとっての今年初ライヴのはずで(正確にはブリットアウォード授賞式でのパフォーマンス以来か)、それだけに気合いが入っているのだろう。


 いきなりアッパーな曲でガツン!ではなく、『Paper Smile』でゆったりめにスタート。しかし続く2曲目で、早くも飛び道具が出た。なんと、ザ・ジャムの『Running On The Spot』だ。近年のウェラーはライヴの場でジャムやスタイル・カウンシル時代の曲も解禁していて、それが今回のツアーのファンにとっての楽しみのひとつでもあるのだが、まさかこんなしょっぱなで演ってくれるとは思わなかった。


 ギターをかき鳴らしながら歌い上げる、ウェラーの姿のりりしいこと。白いロングシャツをラフに着こなすさりげなさが、またカッコいい。そして、ウェラーを支えるバンドにも注目。中央奥には、言わずと知れた「盟友」スティーヴ・ホワイト。この人のドラムは、安心して見ていられる。ウェラーの両サイドには2人の「従者」が陣取り、好パフォーマンスを見せている。向かって右にはギターのスティーヴ・クラドックで、スーツをびしっとキメている。間近で見るとかなり小柄だ。向かって左には、ベースのデーモン・ミンチェラ。この人は柄もののシャツを着こなし、淡々と弾いている。





 バンドの編成はシンプルではあるが、歴代ウェラーバンド史上、最高にして最強の布陣ではないだろうか。スティーヴ・ホワイトのドラムソロが序盤から飛び出し、そして2人の従者の忠実なサポートぶりにも好感が持てる。ウェラーがタンバリンを手にしてリズムを刻み始めると、2人もオーディエンスに向かって手拍子を促す。コーラスもこなすスティーヴ・クラドックは、今やウェラーにとって替えのきかない存在なのだろう。


 ステージにはいくつかのスポットライトがあるだけで、装飾らしい装飾はない。しかし今のウェラーには、音楽そのものを最大限に表現できる舞台さえあれば、それで充分なはずだ。また、この日は椅子付きのホール会場ということもあってか、客の年齢層が滅法高い。恐らくは長きに渡ってこの人の音楽を聴き続けてきたファンが多いと思われ、漂う雰囲気もどことなくアダルティーだ。そして演奏される曲も、大人の鑑賞に耐えうる渋味の効いた曲が披露されている。


 新譜『As Is Now』は、ジャムやスタカンのテイストをにじませつつも、この人が未だ現在進行形であることを知らしめた快作だ。エッジが効いている『From The Floorboards Up』は、この人のキャリアに新たに刻まれた曲として、輝きを放っている。ジャム、スタカン、そしてソロと、3度もピークを迎え、UKの若手~中堅アーティストがこの人からの影響を公言してはばからず、今やモッドファーザーとしてリスペクトされる存在になった。がしかし、それでもこの人は驕ることなく、更に前進しようとしている。『Wild Blue Yonder』という新曲も披露された。





 中盤になり、椅子が用意されてウェラー、スティーヴ・クラドック、デーモンの3人が横一列に並んで座り、アコースティックコーナーとなる。披露されたのは『Wishing On A Star』や『You Do Something To Me』などなんと5曲。他のアーティストのライヴなら、アコースティックコーナーは息抜きの時間のようになってしまうことが少なくないが、この人の場合はこれもひとつの「攻め」の手段なのだ。


 そして、今度は向かって左に用意されていたピアノの前に陣取るウェラー。鍵盤を叩きながら歌い上げる姿も、この人のカッコよさのひとつなのだが、ここでまたまた飛び道具が出た。スタイル・カウンシルの『Long Hot Summer』だ!原曲とは異なるアレンジではあるが、それでもこの曲自身が持つ魅力と、それを発するウェラーの姿勢が薄らぐことはない。続くは『The Pebble And The Boy』だった。


 いよいよ終盤。まずは『Come On/Let's Go』で蹴散らし、そしてソロ初期の『Amongst Butterflies』は今や懐かしささえ漂い、ソロキャリアのクラシックナンバーと言ってもいいくらい。改めて初期の曲が持つ奥行きの深さを思い知らされた感じがして、この時期の曲ももっと演ってくれないかななんてことも思った。更には『Foot Of The Mountain』を経て、この日披露された中で最もアッパーな曲『The Changing Man』で本編終了。変化する男、とは、まるで時代時代に対応してきたこの人自身の、アーティストとしての生きざまを投影しているかのようだ。





 アンコールは、鍵盤を叩くことで発せられる音色が気持ちいい『Broken Stones』で始まったのだが、この後にびっくり。ザ・ジャムの『Thick As Thieves』だ!私が最も好きなジャムのアルバム『Setting Sons』に収録されている曲で、まさかこの曲をナマで聴ける日が来ようとは、夢にも思わなかった。この日私は開始直後からTシャツ姿でノッていて、結構体は温まっていたのだが、このときには鳥肌が走った。原曲よりは幾分かゆったりめのテンポだったが、それによって衝撃と感動が薄れることはない。


 『I Wanna Make It Alright』を経て、オーラスはこれまたジャム時代の曲『Town Called Malice』。この曲は近年のライヴで締めくくりとして演奏されることが多く、2年前のロック・オデッセイのときもそうだったので、驚きはなかったが、逆に安心して迎え入れることができた。中盤の「ぱっぱっぱっぱっぱらっぱー♪」というフレーズではウェラーはマイクから離れ、場内の大合唱となった。こうして、2時間オーバーのライヴは大団円を迎えた。





 全体的に渋めの曲が多かった気がするが、オーディエンスのノリもまずまずよく、何よりウェラー先生自身がすこぶるご機嫌で調子も良かった様子で、とてもいいライヴだったと思う。そして帰宅後、私は追加公演であるZepp Tokyo分のチケットを取った。夢と感動の続きを追いかけて。そして、この日の公演で起こったサプライズとは、また別のサプライズが起こりうることを期待して。




(2006.3.30.)
















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