坂本龍一 2005.7.24:Zepp Tokyo
入手できたチケットには前から2列目とあって、こりゃかなり前で観れそうだなと思っていた。ところが、開場し中に入ってみてびっくり。1列目はなく、なんと2列目が最前列だったのだ。座って後ろを振り返ると、フロア前方には椅子席が置かれていて、手すりのある一段高くなっているところからが立見席になっている。Zepp Tokyoで1階に椅子席のあるライヴというのは、個人的には初めての体験だ。
予定時間を10分近く過ぎたところで客電が落ち、メンバーが登場。それぞれ持ち場につき、いよいよスタート。そして曲はなんと、YMOの『Behind The Mask』だった!YMO時代の曲も何らかの形で演るだろうと思ってはいたのだが、まさかオープニングからとは・・・。もちろん感激だ。坂本は立ったまま両手でキーボードを弾き、そして曲の中盤以降はヴォーカルも披露。このヴォーカル、エフェクトがかかっていていわゆる肉声ではないのだが、出だしからこの人がここまでやってくれることに、重ねて感激する。
続いては『Tibetan Dance』で、坂本は今度はグランドピアノを弾く。ステージは、右から順にギターとプログラミングを担当する人、ベース、そしてドラムのスティーヴ・ジャンセン、グランドピアノやキーボードを操る坂本、そして左端にギターとプログラミングの小山田圭吾という配置。小山田以外のメンバーは全て外人だ。私は向かって左側、つまり小山田を目の前にする形で観ていた。坂本は黒を基調とした服装で、長い白のマフラーをしている。映画やテレビ、CDなどで、それこそ数え切れないくらい繰り返し聴いてきた『Merry Christmas Mr.Lawrence』。印象的なイントロ、優しく叩かれる鍵盤、そして普遍性を感じさせるメロディを、今回初めてナマ演奏を体感する。
バンド編成ではありながら、序盤は坂本のピアノを主体としたしっとりめの演奏が続いた。小山田もあまりギターを弾くことはなく、もうひとりのギタリストの方はほとんどプログラミングばっかり。スティーヴはそれなりに存在感のあるドラミングだったが、それでも出過ぎることはない。バンドとしてのコンビネーションや一体感という佇まいはなく、まず坂本が前面に出ていて、他のメンバーはサポートに徹しているような感じだ。スケッチ・ショウのライヴでは自由にプレイしていた小山田でさえ、今回は忠実な従者に収まっている。
坂本以外のメンバーが袖の方に下がり、坂本のMCタイムに。今回のテーマは「エコ」だそうで、話題のほとんどは環境がらみに。ニューヨークの自宅では、風力発電と契約して電気を供給してもらっているとか、節電のために真っ暗な中で風呂に入ることがあるとか、1ヶ月に1回はひとりでキャンドルをつけて過ごすとか、会場のZeppは100%自然エネルギーを実現しているとか(今回の坂本のツアーは東名阪福で、会場は全てZeppなのだが、こういう絡みもあってのことだろうか)、リハーサルも自然エネルギーを買って行ったとか、今回自然エネルギーを使ってツアーすることで、二酸化炭素を5.5トン削減できているとか、クルマはプリウス(エコカーだったっけ?)に乗っていますとか、そんなようなことを10分近くしゃべっていた。
そして演奏再開となるのだが、メンバーはそれぞれキャンドルを手にして登場し、自分の立ち位置の近くに置く。小山田もプログラミング機材が置かれているテーブルの上にキャンドルを置き、ステージ上はいくつかのキャンドルの光で彩られる格好になった。会場入り口入ってすぐのところにはグッズ売り場が設けられていたのだが、隣接するようにエコ関連のブースもできていた。パンフレットも買って目を通したのだが、前半はほとんど環境のことについて書かれている。どうやら、この人の環境に対するこだわりは相当なもののようだ。
中盤以降の演奏は、かなりラフになり実験性を帯びたものになった。坂本はいつのまにか上着もマフラーも脱いで黒いTシャツ姿になっており、キーボードやパソコン(iBookかな)を駆使してノイジーな音を出す。小山田も負けじとノイズを発している。去年坂本はソナーサウンドなどでスケッチ・ショウと共演していて、かなりの刺激になった様子。それに影響されたかなというような感じだ。
前半こそ坂本のソロプロジェクト的な佇まいだったが、後半はバンドとしての一体感が生まれている。またステージのバックには曲にシンクロするように映像が流されていて、視覚的な演出も施されている(VJの人は、フロア後方のPAのところにいて操作していたようだ)。演奏は、生音とプログラミングが融合していて、それが曲の終わりは坂本の合図によってきちっと締めくくられる。非常によく統率されていて、プログラミングの方はどうやってここまでコントロールしているのだろう、という疑問も沸くくらい見事だ。
本編は1時間20分くらいで終了。アンコールはすぐさま行われ、その2曲目はデヴィッド・シルヴィアンの歌声のサンプリングに乗せての『World Citizen』だった。デヴィッド・シルヴィアンは去年来日公演を行っていて、やはりこの曲は演奏された。そのときもそして今回も、ドラムはデヴィッドの実弟スティーヴ・ジャンセンだった。いつか近いうちに、坂本とデヴィッドとスティーヴの共演ツアーすればいいのに(もしこれが実現すれば、戦メリはヴォーカル入りの『Forbidden Colours』として披露されるはずだ)。
最後は5人揃って肩を組んで挨拶し、ステージを後にしたことで、もうこれでおしまいという雰囲気が漂った。実際客電もついてしまい、ぽつぽつと帰り出す人も出てきた。しかし、更なるアンコールを求める拍手は一向に鳴り止まない。見ると、ステージの袖の方にいるスタッフまでもが、まるでいちファンのように楽しそうに拍手している。そしたらなんと、再度登場したではないか!そして演奏されたのは、『Tong Poo』だった。場内が手拍子で包まれる中(まさかこの曲で手拍子になるとは思わなかったが・・・)、坂本は淡々とピアノを弾いていた。
坂本がバンド編成でツアーを行うのは実に10年ぶりで、しかもこの日がツアーの初日だったので、どのような内容になるのかが事前には全くわからなかった。未発表曲ばかりのマニアックな構成になるかもとか、いろいろ想像した中で臨んだのだが、フタを開けてみれば、YMOに始まってYMOに終わり、フレンドリーな曲もあれば実験的な曲もあって、だけどこれらがとっちらかることなく、流れに乗ってバランスの取れたステージになっていたと思う。そして12月にはピアノソロツアーを行うそうで、この人は大御所でありながら大御所としてふんずり返ることもなく、まだまだ精力的に活動していく様子だ。
(2005.7.27.)