Alanis Morissette 2004.9.28:東京国際フォーラム ホールA

今回私は2階最前列のチケットを取り、のんびりとライヴを楽しむつもりでいた。がしかし、入場時に係員に事情を説明され、1階のチケットと交換することに。全般的に売れ行きが思わしくなく、特に2階は10数枚しか掃けず、この日は2階自体借りていないとのこと。振り替えられた1階席も、ステージからかなり前の方のほぼ中央部だった。関係者用なのかもしれないが、当日になってもこんないい席が残っているというのはどういうこっちゃ。そして座ってのんびり楽しむという当初の思惑が外れた私は、ステージに近いことで味わえる臨場感を楽しみ、汗をかくことにする。





 その1階席も後方のブロックは無人で、なんで今回こんなことになってしまったのかと、悲しい気持ちになる。少しでも人が入るのを待とうとしているのか、予定時間を過ぎても一向に始まる気配はなく、20分ほど過ぎてやっと客電が落ちた。よっしゃ、暗くなってしまえば、空席がどうとかは気にならなくなる(笑)。そして少ない観客とは思えない大きな歓声の中をイントロのSEが響き、メンバーがそれぞれ持ち場について演奏を始めた。


 こうしてイントロはやや引っ張り気味になり、やがてアラニスが走ってステージに登場。オープニングは『Eight Easy Steps』だ。新作『So-Called Chaos』の1曲目でもあり、メリハリが効いたアップテンポの曲である。ステージは、中央にもちろんアラニスで、衣装がすごい。スリーブレスでスパンコール地のシャツに、黄色がまぶしいパンツ。体の線がはっきりしていて、かなり肉感的だ。髪は短くなり、そしてこれは近くで観ているからこそ実感できるのだが、口が大きい(笑)。バンドはギター2人が両サイドに構え、ベースがアラニスの後方、その右にドラム、左にキーボードという配置だ。


 続くは、早くも必殺ナンバーの1曲である『All I Really Want』。先ほどは自らもギターを弾いていたが、この曲ではまずはステージに背を向けてブルースハープを吹き、歌が始まるところで前を向く。そして、ステージを向かって逆V字型に歩きながら歌い、客席に近くなるたびその周辺は蜂の巣を突っついたような騒ぎになる。ステージには派手な装飾はなく、バックには断片化された新譜のジャケットが彩られ、後はメンバーや機材を取り囲むようにスポットライトの柱が立てられている。





 いちおう新譜『So-Called Chaos』に伴うツアーではあるが、曲は必ずしもそこからに集中はせず、新旧満遍なくセレクトされているという具合。個人的には、この新譜には彼女のアーティストとしての成長もとい成熟は感じられるが、それまでの作品にあったような必殺となるフレーズを要する曲が見当たらなくて、繰り返し聴くことによって味が出てくる作品なのかな、と思っていた。なので、ライヴの構成が新譜を軸とはせずに、現時点でのキャリアを集約するような形になっているのは、ありがたかった。


 燦然と輝くファースト『Jagged Little Pill』からは、『Not The Doctor』『Head Over Feet』を。一方新譜からは『Knees Of My Bees』『Spineless』といった辺り。個人的に特に嬉しかったのは、セカンド『Supposed Former Infatuation Junkie』からの曲が意外と演奏されたことだ。70分オーバーの大作であり、サウンドはファーストよりも複雑化しているが、しかしポップセンスは失われてはおらず、もっと評価されていい作品だ。スローテンポでじっくりと歌い上げられる『Are You Still Mad』、力強い『Baba』、5年前にNHK-BS10周年のテーマ曲にも起用されていたことで、特に日本のファンにとっては思い出深い『So Pure』などが、次々に飛び出して来る。





 彼女の最大の魅力というのは、やはり声にあると思う。圧倒的な声量、ドラマティックな声の伸びは、他のアーティストに模倣されることはあっても、超えられることはない。私は過去に2度彼女のライヴを観ているのだが、悲しいかな2回とも彼女の声の調子は今ひとつだった。こんなはずではなかった、彼女の力量はもっともっと強力なはずだ。ライヴには今ひとつ乗り切れないながらも、彼女に対する私の見方が揺らぐことはなかった。今回はそうしたもやもやした気持ちが沸き上がることはなく、ストレートにライヴを楽しめている。よかった。


 そして彼女のトレードマークといえば、腰にまで届こうかという長い長い髪だった。それが少しずつ切ったそうで、今回は肩にかかる程度の長さに。これによりビジュアル的な印象も大きく変わり、大人っぽくなったように見える。以前は次に何をしでかすかわからない、やんちゃな娘といったたたずまいだったのが、今回は地にしっかりと足をつけて、慌てず急がずにゆっくりと歩んでいるような感じだ。曲によりギターを弾くその姿はフォークシンガーのようにも見え、風格さえ漂っている。ダテにキャリアを積み重ねてきてはいないなと、感心してしまう。





 前作のヒットナンバー『Hands Clean』、カップリング収録で彼女の曲の中ではレア度が高い『Simple Together』を経て、いよいよその瞬間が来た。静かなイントロが流れた時点で既に場内はざわつき始め、そして彼女が歌い始めたところで歓声は更に大きくなる。このライヴでは、ほとんどの曲がアルバム収録そのままのバージョンで歌い演奏されていたが、この曲こそ原曲のまま歌われるべきで(99年のツアーでは、アレンジが大きく変えられていた)、そのときにオーデイエンスとアーティストとの一体感が生まれる。その曲とは、言うまでもなく『You Oughta Know』だ。


 必殺のフレーズ、必殺の1曲は、時にイメージを強く打ち出し過ぎてしまい、アーティストにとってはそれを窮屈に感じてしまう人もいるかもしれない。アラニスも決して例外ではなく、ある時期そのことに悩んでいたはずだ。しかしアーティストとしての奥行きを広げ、その苦悩を克服すれば、必殺の曲は更にその輝きを増す。豪速球投手が変化球を覚えることでピッチングの幅を広め、本来持ち合わせていた速球が更に際立つのと同じことだ。迷うことなくシャウトする彼女の姿こそが、この日この場に集まった人たちが最も観たかった瞬間ではないか。


 珍しくイントロのキーボードが長く弾かれ、やがてこれも必殺の曲である『Uninvited』に。先ほどの「動」とは対照的な、「静」の空間が漂う。続いてはノイジーなリフで始まる『21 Things I Want In A Lover』を経て、客にマイクを向けて歌わせる『Ironic』で本編を締める。彼女はステージにマイクを置き、走ってステージを後にした。





 アンコールは2回。まずは自らギターを弾いての『Everything』で、優しい曲調は『So-Called Chaos』の中では比較的ポップに聴こえてくる。続く『Hand In My Pocket』では、またまたブルースハープが冴え渡り、そして彼女の熱唱が場内を彩った。2度目、そしてラストとなったのは、イントロの音色が印象的かつ象徴的な『Thank U』だ。神秘性を帯びたイントロ、そして最大限にまで発揮される彼女の声。衝撃的なPVもあったが、この曲は彼女の精神世界を反映しているような気がして、聴けて嬉しいというよりは、少しどきっとさせられてしまう。





 客の少なさに出鼻をくじかれはしたが、それも開演前までのことで、始まってしまえば気にならなくなった。今回は来日決定発表~チケット発売~公演日までのそれぞれのインターバルが短かったために、こんなことになったと思われるが、もしこれがこの国での彼女を取り巻く現状そのままなのだとしたら、次回はもっと小さな会場をブッキングしてもいいのではないだろうか。そうすれば、ライヴの精度はもっと高くなり、場内の密度は更に濃くなるはずだから。




(2004.10.2.)
















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