Jackson Browne 2004.4.23:オーチャードホール
前回から1年も経たないうちの再来日公演になるが、その内容はここ数年とは大きく異なる。今回はバンドはなく、ジャクソンひとりによるアコースティックツアーなのだ。会場入り口には、プログラムとして予定スケジュールが告知。20分の休憩を挟む2部構成で、終演予定は21時40分とされていた。そして開演前のステージ上には、10数本のアコギがきれいに並べられ、またエレクトリックピアノも用意されていた。
予定より5分ほど過ぎたところでゆっくりと客電が落ち、向かって左の袖の方からジャクソン登場。10数本あるアコギの中から、右から2本目のものを手に取り、木製の椅子に腰掛けて、足でリズムをとりながら早速アコギを弾き始めるジャクソン。イントロだけでは何の曲かわからなかったが、歌い出したところで『The NIght Inside Me』だとわかった。原曲はバリバリのロックナンバーなのだが、ここではシンプルで歌そのものが浮き上がるようなアレンジになっている。
早くも場内からはリクエスト攻撃で、「青春の日々ぃ♪」と、日本語で(笑)叫ぶファンが。その後『These Days !』と言い直し、早速それに応じるジャクソン。ファンからのリクエストは、この人のライヴでは今やお馴染みなのだが、今回はどうやらセットリストも用意されていないようで、この人もツボにハマるようなアイディアを出してくれることを、ファンに期待しているのではないだろうか。
続いてはピアノの方に移動し、『For A Dancer』を切々と歌う。更には、「昨日は歌詞を忘れてしまったんだけど、今日は大丈夫」みたいなことを言って、ウォーレン・ジヴォンの『Mohammed's Radio』を。私はこの人を存じておらず、調べてみるとウエストコーストのシンガーで、ジャクソンとは友人の間柄。昨年秋に、ガンのため亡くなっている。その1ヶ月前にアルバムがリリースされていて、これにはジャクソンは元より、ブルース・スプリングスティーンやドン・ヘンリーなども参加しているようだ。
こうしたアーティストに支持される辺りに、ウォーレン・ジヴォンという人のアーティスト像がなんとなくではあるが浮かび上がってくるし、その曲を歌うジャクソンからも、この人に対する想いというか、優しさのようなものが感じられる。そして個人的に最初のツボになったのが、続いての『Sky Blue And Black』だ。リクエスト曲は、どういうわけか70'sの曲に集中してしまいがちで、だけど80'sや90'sの曲にだって、聴き応えのある優れた曲はたくさんある。そういうところをプュシュしてこそ、アーティストとオーディエンスとのやりとりから生まれる、相乗効果だと言えるのではないだろうか。
またまたリクエストに応える形での『Rosie』。昨年の公演では、コーラスをバンドメンバーが担当していたのだが、今回はジャクソンひとりで、はてどう歌うんだろうと思って観ていたら、サビもコーラスもひとりで歌い切ってしまった。『Looking For East』『Before The Deluge』も、個人的にツボな曲。リクエストに応えるときは、ギターならチューニングの確認をし、ピアノなら音階の確認をしてから歌い始めるジャクソン。こうした光景も、ソロアコースティックライヴならではだろう。
繰り返すようだが、とにかく今回のライヴはリクエストが7割くらいを占め、場内からはあの曲この曲と、あちこちから曲名が連呼される。いい大人が好き勝手叫んで、こんなんでライヴがきちんと成り立つのかと、個人的には冷や冷やしていた。もちろんジャクソンは出来る限り応じてくれようとはしているのだけれど、ただ闇雲に叫ぶのではなくて、もう少し流れを掴み、空気を読むということをしなくっちゃいけないんじゃないかなあ(私はこんな気持ちなので、リクエストはしなかった)。ただそうした中、女性ファンが叫んだ『Linda Paloma !』はジャクソンのツボにハマったようで、喜々として演ってくれた。
第1部のラストは、問答無用の名曲『Take It Easy』で締めくくった。終盤になるとジャクソンは立ち上がって歌い、座ったとき用に低くセッティングされているマイクスタンドに体をかがめるようにして歌った。曲自体はファンならずとも聴いたことのあるメジャー中のメジャーであり、イーグルスの初期のヒット曲でグレン・フライとジャクソンとの共作、なんて解説も今更だが、私はこの人のライヴを観るのは10年越しで今回が5回目になるのだが、なぜかこの曲には不思議と縁がなく、やっと聴けたという想いだった。
そして第2部は、『For Everyman』で始まった。個人的には、昨年観に行った公演のラストがこの曲だったので、アレンジこそ違えど、そのときの光景が頭の中によみがえってきた。続くは『I Thought I Was A Child』で、共にセカンド『For Everyman』から。80'sや90'sの曲ももっとプッシュすべきと書いてはみたものの、その辺りはやはりバンドとしてやってきたという要素が強い。ソロでありアコースティックとなると、その作風は初期の方がマッチしてくる、ということなのかな。
どこかで必ず演ると思っていた、『Fountain Of Sorrow』。ピアノによる歯切れのいいイントロには、何度聴いてもはっとさせられる。そしてジャクソンのみずみずしい歌声。この日は心なしか、高音になると声が若干かすれていたようにも聴こえたが、しかしそれも味わいとして受け取れば、どうということはない。近年の曲では割と好んで演奏されている(と思っている)『Barricades Of Heaven』、珍しい『Your Bright Baby Blues』など、次から次へと出るわ出るわ。セットリストの変幻自在ぶりは、相変わらずだ。
『I'm Alive』は、90'sのこの人のテーマ曲的な位置づけにあると思っていたし、またアコースティックのアレンジに合う曲だと思っていたので、久々に聴けて嬉しかった。また96年作『Looking For East』からも『I'm The Cat』『Alive In The World』がセレクトされ、この辺りからこの人の音楽と向き合い始めた身としては、とにかく嬉しかった。なんだかんだ言いながら、この人は作品がリリースされる度に日本に来てくれるし、毎回質の高いライヴをしてくれる。ありがたいことだ。
さていよいよ第2部も大詰めになり、名曲『The Pretender』へ。ふだんならギターを弾きながら歌われる曲だが、今回はピアノを弾きながらだ。曲が持つ美しさやみずみずしさは、いつ聴いてもそして何度聴いても、少しも色褪せることがない。そして続くは、ギターを手にして椅子に腰掛けながらの『Running On Empty』。アコースティックではあっても、この必勝リレーは変わらないんだなあ。
昨年のときはここでステージ前方は大騒ぎになり、私もその中に身を投じていたのだけれど、さすがに今回はそうはならなかった(それでよかったと思う。座ってアコギ弾いてるところを間近まで詰め寄られても、ジャクソンもやりづらいだろうに、たぶん)。ここで第2部も終了となるのだが、この後女性ファンが多数ステージ前に駆け寄り、花束やら手紙やらがジャクソンに手渡された。
アンコールでの再登場は早かった。というか、単にプレゼントを置くためだけに戻ったのではないだろうか(笑)。そしてゆっくりとピアノの前に腰掛け、これもこの人のライヴではマストの『Late For The Sky』。やはり高音がかすれ気味ではあったが、ここまで来て細かいことは言いっこなしだ。この1曲だけで引き上げてしまったが、すぐさま再登場し、2回目のアンコールとなる。場内からは「Stay !」の声が上がるが、ジャクソンは笑いながら首を振った。そして、この人がアコギを手にして弾き始めたその曲は・・・。
客席からのリクエスト乱発だが、確かにチケット代を払うというリスクを負ってはいるし、またジャクソンの方も可能な限り応じたいというスタンスを示してはいるものの、でも自分の欲望をやたらめったら叫び散らすのはやはり違うんじゃないかと、私はずっと感じてきた。なので私はリクエスト合戦に参加はしていないが、もしジャクソンが自ら望んで取り上げてくれるのなら、この曲をぜひ演ってほしいというのが私の中にはあった。それは今回だけではなく、10年前に初めてこの人のライヴを観て以来、ずっと思い続けてきたことだ。その曲こそ、『For America』だ。
以下は私の想像になるが、曲名やサビのフレーズに「America」の文字が入っているがために、アメリカを賛辞する曲だと勘違いして受け取られてしまい、ジャクソン自身この曲をあまり積極的に取り上げなくなったのではないか。ブルース・スプリングスティーンの『Born In The U.S.A.』にも同じようなことがあったし、イーグルスの『Hotel California』など、長年に渡ってカリフォルニア賛歌だと世界中で勘違いされてきた。
しかしだ。「大統領が真実を覆い隠そうとしている」「アメリカよ、今度こそ目を覚ませ」という歌詞は、イラク戦争や後を絶たないテロ事件などが起こっている今の世にこそ、歌われるべき曲なのだ。今ジャクソンがこの現実と向き合い、そして何かを発しなければならないという気持ちが働いて、その最たる手段としてこの曲をセレクトしたのだと私は思う。アコースティックであるがために、原曲とは大きく異なるアレンジではあるが、しかしそれでも、この曲が本来持ち合わせているメッセージが揺らぐことはない。そしてこのときこそ、ライヴ中場内の空気が最も引き締まり、緊張感が走った瞬間だったのだ。幕引きは、リトル・スティーヴンのカヴァーであり、歌われている内容は『For America』の流れを汲んでいる、『I Am A Patriot』だった。
ジャクソン・ブラウンは、今年ロックの殿堂入りを果たした。キャリア25年以上のアーティストが殿堂入りの対象になるそうだが、選考される決め手が何なのか、またどういった人たちが選考しているのか、そして殿堂入りすることの価値も権威も、私にはわからない。ただ恐らくは、質の高い音楽を長きに渡って続けてきたアーティストが、今一度脚光を浴びる機会にはなっていて、それはよいことだと思う。
今回のようなソロアコースティックというスタイルでのツアーができるのも、この人のアーティストとしての自信という裏づけがあればこそだと思うし、またファンに対するサービス精神の表れなのだろう。こうして地道に活動を続けてきた人こそもっと報われるべきと私は思っているし、そのアーティストとしての良さは、往年のファンはもちろんのこと、若いファンにも知って欲しいと思う。
(2004.4.24.)
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