Lou Reed 2003.9.20:東京厚生年金会館
席についたのは開演予定の5~6分ほど前だったのだが、すぐに違和感を覚えた。なぜかというと、BGMが流れておらず、場内が静かだったからだ。客や係員の話し声、物音などはしているが、淡々とした空気の中で時間が経ち、やがて客電が落ちた。
メンバー4人を引き連れる形でまず姿を見せたのは、ルー・リードその人だった。この日私の座席は、前から4列目のやや左という好ポジション。この人のライヴを観るのは4度目になるのだが、今回が最もステージに近い。その間近にして観るルーは、歳を感じさせないスリムな体形で、袖からは鍛え上げられた二の腕がのぞいている。黒い半袖Tシャツに黒の革パンツ姿で、黒が似合う人だとつくづく思う(他のメンバーも、黒づくめの格好だった)。
まずは、「テーマ曲」である『Sweet Jane』。しかし、例のイントロのリフを延々繰り返して弾いた後に、突然演奏を止めて語り出す。そしてメンバーをひとりひとり紹介し、彼らに見せ場を作らせる。まずはルーの「盟友」フェルナルド・ゾーンダースで、頭にバンダナを巻きサングラスをしていてその表情はよくわからないが、ベースを巧みに操る。次いで男性コーラス。椅子に座ってはいるが、実は大男だ。続いてはチェロの女性で、こうしてやっと曲が始まった。
続くは『Smalltown』で、ここでもうひとりの「盟友」マイク・ラスケを紹介。電子機材をギターに接続しているのか、弦をはじくとピアノの音が出るようになっている。もともとこの曲、ルーのヴォーカルとジョン・ケイルのピアノによるものなのだが、まさかピアノパートをギターで演るなんて、とびっくり。そして終盤では、東京はスモールタウンだと思うか?と語りかけてくるルー。場内からはNO!というレスポンスが。
『Mistrial』からの『Tell It To Your Heart』、更には名作『Berlin』からは『Men Of Good Fortune』『How Do You Think It Feels?』といった、オールドファンにとっては嬉しい選曲も。特に『How Do You ~』ではルーのディストーションプレイがあり、序盤のリラックスしたムードを一変させた。還暦を迎え(現在61歳!)、この人もいよいよ角が取れて丸くなってしまったのかと、最初は観ていて不安になってしまったのだが、やっぱりこの人は頑固ジジイ(笑)なんだなと、ほっとひと安心。
今回のバンドは、実はドラマー不在。基本的に重いビートというのはほとんどないが、しかし曲によってはフェルナルドがシンセドラムを担当し、またマイク・ラスケはキーボードもこなす。この2人の楽器やルーのギターには、電子機材がいろいろと組み込まれているようで、生楽器でありながらも時折金属音も発せられている。音はいちおうエレクトリックではあるのだが、雰囲気としてはむしろアンプラグドに近い印象を受ける。
そもそも今回のステージそのものが、オペラを思わせるようなコンセプチュアルな構成になっている。曲自体もじっくり聴かせるものが多く、『Street Hassle』や先ほどのレアな選曲も、今回のバンド及びステージのコンセプトに合ったものとして、セレクトされたのではないだろうか。今回は椅子のある会場になっているというのも、なるほどとうなずける。そして必ずしもルーが前面に出るということはなく、フェルナルドやコーラスの大男に歌わせる場面も多かった。特にフェルナルドは今回かなり目立っていて、パティ・スミスにレニー・ケイがいるように、ルー・リードにはこの人がいるんだなと思った。
ヴェルヴェット・アンダーグラウンド時代の曲がこの人のライヴで演奏されるのは、別に珍しいことではない。のだが、今回はなぜか大盤振る舞いだった。ちょっとおどろおどろしいイントロが印象的な、『Venus In Furs』。間奏ではチェロの女性による長いソロが。『Dirty Blvd.』(場内のテンションはかなり上がった)を挟む形で、今度はマイク・ラスケによるエレクトリックピアノのイントロでの『Sunday Morning』。原曲のようにサイケではなく、きっちり歯切れよく歌い上げるルー。続くは『All Tomorrow's Parties』だった。
アンディ・ウォーホールの死がメンバー再会の場を作り、そしてついにヴェルヴェッツが再編されたのが、今からもう10年も前になる93年のこと。もし日本に来てくれていたら、間違いなく観に行ったのに・・・。それから2年後にスターリング・モリスンが他界してしまい、再編は永遠になくなってしまった。今回立て続けに披露された3曲は、いずれもファーストアルバム収録の曲。そしていずれもヴェルヴェッツを代表する曲でありながら、ルーのライヴではあまり演奏されて来なかったと思う。
ルーは今年、2枚のアルバムをリリースしている。1枚目は、オリジナルの『The Raven』で、エドガー・アラン・ポーの作品を題材にした演劇調の内容になっている。もう1枚は、2枚組のベスト盤『NYC Man』。こちらは、長きに渡るルーのキャリアをレーベルを隔てて編集した、ありがたい作品だ。この日のライヴの内容は、ダイレクトにこの2枚を反映させてはいないが、コンセプトとしては『The Raven』の手法がうかがえ、そして練りに練った選曲は、「アナザーサイド」的なベストと言ってもいいだろう。
終盤はその『The Raven』から、『Call On Me』とタイトル曲を披露し、ルーの詩人としての才気がうかがえた。本編ラストは、『Set The Twilight Reeling』。96年発表のアルバムタイトル曲で、前回のツアーでも本編ラストだった曲だ。近年のルーの作品で、評価が高いのは前作『Ecstasy』で、その前となると89年の『New York』になると思う。のだがルー本人にしてみれば、ヴェルヴェッツ再編を経て放ったこの作品(この曲)には、特別な思い入れがあるに違いない。
アンコールは2回。まずは大男にリードヴォーカルを取らせた、これまたヴェルヴェッツ時代の『Candy Says』。このディック・マードック似の大男、体格に似合わず声はハスキーで、このギャップが少し笑わせてくれる。。ライヴ中は終始椅子に座っていて、この曲のときだけ立ち上がって熱唱したのだが、よくわからないキャラクターだった(でもルーが抜擢したんだよなあ)。
そして、よくわからないキャラクターはもうひとりいた。次の『Perfect Day』のときには、太極拳の演舞をする人が登場。実はこの前にも2度3度と登場しては演舞をしていたのだが、正直言って理解できません。。。ルーは太極拳を習っていて、この人はその先生に当たるらしいのだが、でもねえ。2度目のアンコールでは、前回のツアーでは演らなかった代表曲『Walk On The Wild Side』を披露し、ライヴを締めくくったのだった。
ドラムレスのバンド編成やヴェルヴェッツ時代の名曲の解禁など、とても「貴重な」ライヴになったと思う。こうしたアプローチは、今現在のこの人が「やってみたいこと」なのだと思うし、さすがにこれをずっと続けるとは思えないからだ。いつのまにか還暦を過ぎていたルー・リードだが、音楽活動のみならず本人役で映画出演を果たすなど、まだまだその創作意欲は旺盛であり、途切れそうにない。そしてその鍛え上げられた肉体と、そこに宿る魂に、私たちはこれからも期待していいはずだ。
(2003.9.21.)
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