Jackson Browne 2003.5.3:中野サンプラザ

私が手にしていたこの日のチケットは、なんと最前列だった。そして中野サンプラザのステージは思ったほど高くはなく、見上げるという感覚は薄い。私のポジションからは向かって左の袖の方がよく見えて、スタッフが出入りするところを、時計を気にしながらもちらちらと見る。予定時間を10分ほど過ぎたところで、袖口に人が集まり出した。あくまで想像だが、ジャクソンとバンドメンバーが円陣を組み、手を合わせて気持ちをひとつにするような儀式をしていたのだと思う。





 先頭を切って姿を見せたのは、ジャクソンその人だった。ほぼ同時に客電が落ちて、他のメンバーもスタンバイ。オープニングは、新作のロックナンバー『The Night Inside Me』だ。当人も、バンドも、調子は良さそうである。ジャクソンはもちろんステージ正面に立ち、その右が新作の共同プロデューサーでもあるベースのケヴィン・マコーミック。この2人を挟むように、両サイドには2人のギタリストがいて、4人でフロントラインを形成。後方は、左にキーボード、ジャクソンの真後ろにドラム、右はパーカッションとなっている。


 続くは、自らピアノを弾いての『Fountain Of Sorrow』。鍵盤を叩くメリハリのあるイントロは、何度聴いてもそのたびはっとさせられる。そしてジャクソンのみずみずしい歌声。終盤はギターソロをはじめジャムセッションのようになり、かなりのヴォリューム感、そしてドラマ性のようなものを感じさせた。これは5年前となる前回の来日時のときにも見られた傾向で、ジャクソンはバンドを信頼し、バンドはそれに応えるという、素晴らしい関係が成り立っていることをうかがわせる。まだ2曲目だというのに、早くも私は背筋がゾクゾクするような興奮を味わっていた。


 曲により、ギターとピアノを交互に使い分けるジャクソン。そしてもちろん英語なのだが、MCも豊富だ。イラク戦争に反対していること、また日本に来れて嬉しいことなどを語り、そして歌い始める。この人のルックスは、若い頃とあまり変わっていない。顔も、体形も、昔のイメージのままだ(本人は、決してそんなことはないと苦笑いしそうだが)。





 客席から「Rock Me On The Water!」という声が上がり、「OK♪」とそれに応えて演奏を始めるジャクソン。こうしたその場その場でのリクエストは、実はこの人のライヴではお馴染みのことだ。これもライヴの醍醐味のひとつなのだろうが、もともと予定している流れがあるはずなのに、それを急遽変えてしまって大丈夫なのかと、勝手に心配してしまったりもする。しかしナマの『Rock Me On The Water』は、そんな不安など打ち消して余りある、充実した演奏だ。続いてはこれもまさかまさかの『Looking Into You』で、更には初期の代表作のひとつ『These Days/青春の日々』へと続く。


 新作のタイトルナンバー『The Naked Ride Home』を経て、またまたリクエストの声が。なんと『Something Fine』で、これでファーストから3曲も演ったことになる。初期の曲は若さに満ちていてそしてみずみずしく、眩しさを感じる曲が多い。当人は初期の曲を演奏するのに違和感を感じていた時期もあったらしいのだが、今はそういった想いを通り越し、むしろ新鮮な気持ちで取り上げることができているようだ。そして新作のラストナンバーでもある『My Stunning Mystery Companion』は、終盤がギター~ベース~キーボードと順番にソロを披露し、スケール感溢れる曲に変貌。新作あり、レアな選曲ありと、変幻自在の進行で第一部が終了。この後、約20分の休憩となった。





 そして第二部。メンバーが出てくるなり、客席からはあの曲この曲と、リクエストの声が。さすがにジャクソンは苦笑いしてやんわりといなし、そして新作からの『About My Imagination』を。この人の音楽性はデビューから一貫していて、大きくは変わっていないと思う。だからといって、新作『The Naked Ride Home』は、決して今までの焼き直しをしているのではなく、この人が今だ前向きでかつ歩みを止めていないことを証明した、力作になっていると思う。


 そのジャクソンを支えているのが、バンドのメンバーたちだ。続いてはアンプラグドセットとなり、2人のギタリストとケヴィン・マコーミックも、アコギやドブロを手にする。曲は新作からの『For Taking The Trouble』と、社会派アルバムの代表作のタイトル曲『Lives In The Balance』だ。特に後者はオリジナルとまるで異なるスパニッシュ調のアレンジで、だけどそれは違和感とはならず、かえって新鮮に感じたくらい。この人の場合、メッセージ性が強い曲が多いことから歌詞に注目が集まりがちだが、近年は即興のジャムセッションが、新たな曲作りのきっかけにもなっているようだ。





 ジャクソンひとりだけでのピアノ弾き語りの、『Sky Blue And Black』。続くはまたまたリクエストに応える形での『Rosie』。この曲もやはりジャクソン弾き語りなのだが、サビのところになると他のメンバーが出てきてコーラスをし、その箇所が終わるとまた引っ込むという、そんな演出もあった。第一部に続き、またまたファーストから『Child In These Hills』も披露。この日のセットリストは、個人的にはたまらない構成だ。基本的には新作のツアーなのだが、レアな選曲もあり、もちろんグレイテストヒッツもあり、と、ジャクソンのアーティストとしての要素のほとんどが、凝縮された内容になっている気がする。


 『Culver Moon』は、今のバンドになってから書いた曲ということもあってか、演奏もタイト。終盤は、パーカッションの黒人女性のソロヴォーカルとなった。更にはこの日何度目かのリクエストに応え、『Late For The Sky』(もともと演るつもりだったらしいけど)。そしていよいよクライマックスで、『The Pretender』へ。今まで私はこの曲を、少し悲しく、切なく、でも美しい曲だと思い、聴き惚れてきた。だけどここでのジャクソンは、前向きで力強いエネルギーに満ちていて、その堂々とした姿に感動した。そしてこの場に居合わせることができたことに対し、改めて喜びを噛み締めた。


 演奏を終え、ファンに挨拶するジャクソン。ここまでほとんどの客は座ってライヴを楽しんでいたのだが、ここでぽつぽつと立ち始め、そして拍手が沸き起こる。そしてダメを押すように、必殺『Running On Empty』の電撃のイントロが!





 最前列だった私は、この瞬間が訪れるのを待っていた。立ち上がり、そして素早くステージ前に走り、ジャクソンの真正面のポジションに陣取った。ふと後ろを振り返ってみると、人が次々に前の方に押し寄せてきている。−初めてこの人のライヴを観た、94年の来日公演。そのアンコールのときに起こった、ホール会場でライヴハウス状態になるという異様な事態。なのにこのときの私はなぜか体が動かず、その中に加わることができなかった。それから9年間、このことがずっと心に引っ掛かっていたのだが、ついにリベンジのときが来たのだ。


 1メートルの至近距離で見るジャクソン・ブラウンは、やっぱりカッコよかった。1948年のジョン・レノンと同じ日に生まれていて、現在54歳のはずなのだが、見た目もそして演奏も、年や老いといったものを感じさせない。それは無理をして若ぶっているのではなく、自然にあるがままの姿のように見え、そのたたずまいがまたカッコいいのだ。まさにこういう年の取り方をしたいという、見本のような人である。その人のライヴを、そのいちばんのクライマックスを目の前で享受できている幸福感を、どう表現すればいいのか。演奏は5~6分のように思えたのだが、私にとってはもっと長い、そして永い時間だった。





 あまり間をおかずに、アンコールは始まった。ジャクソンがピアノの前に座ると、それまでの熱狂とは打って変わり、場内は水を打ったように静まり返る。曲はお馴染み『The Load Out』。即興で歌詞を変えて歌い上げるのもお馴染みで、この人の優しさがにじみ出ている。やがてフルバンド構成となり、メドレーで『Stay』へ。原曲でローズマリー・バトラーが務めているコーラス部分はパーカッションの女性がこなし、そして終盤、ジャクソンはマイクを離れて場内に歌を求める。2階席の客だけに歌わせることもしたのだが、あまり元気がなくて、苦笑いするジャクソンだった。


 2度目のアンコールも、ほとんど間をおかずに始まった。いずれの場合も、ステージに真っ先に現れるのはジャクソンだ。意表を突く『For Everyman』を切々と歌い、ラストは初期のヒット曲の『Doctor My Eyes』。バンドメンバーは笑みを浮かべながら演奏していたが、少し照れくさそうな表情をしたジャクソンの方が、私には印象的だった。








 二部構成で途中休憩があったとはいえ、なんとなんと計3時間というヴォリュームだった。個人的には、座席に恵まれたこともあって間近でステージを堪能し、また長年心につかえていたものが晴れた記念すべき日にもなったのだが、そうした要素を差っ引いたとしても、色々と見どころの多い、そして見応えのある内容だった。そして全編を通じて強く感じたのは、この人が安住の地に留まらず、今なお、そしてこれからも、前向きであり続けるという強い意志の力だった。ジャクソン・ブラウンの曲は、歌は、そして活動は、旅を感じさせる。その旅はきっとこれからも続いて行くだろうし、そんなこの人の姿を、私はこれからも見届けていきたい。




(2003.5.4.)
















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