The Rolling Stones 2003.3.12:横浜アリーナ
4度目の来日にして、ついにストーンズ横浜上陸!・・・と言っても、当人たちが横浜の地に特別な気持ちを持つことは考えにくいのだけど。ただ会場の横浜アリーナが、昨年のワールドカップ決勝が行われた、横浜国際総合競技場のすぐ近くにあるということを意識してくれたら、少し嬉しいかな。
開演前、武道館のときほど場内に緊迫感はなかった。武道館は公演初日だったし、日本初のドーム以外の会場だったし、幻に終わった30年前のリベンジなんだ!という背景があって、それが異様な空気を生んでいた。のだが、横浜アリーナは近代設備を誇るものの、歴史も浅ければ伝統もなく、日々行われているコンサートのひとつといったたたずまいになっていた。武道館では開演が40分遅れたので、どうせ今回も時間通りには始まらないんでしょという気持ちが、観る側にもあったと思う。
それでもBGMが進むに連れて、徐々にではあるが歓声が沸くようになってきた。そうして、予定より30分遅れて場内が暗転。オープニングは飛び道具が来るのかそれともオーソドックスなのか、という緊張が走る。まずは『Street Fighting Man』。もともと優れた曲だったのだが、ヴードゥー・ラウンジ・ツアー以降ライヴでは欠かせない曲に上り詰めてきて、今回のツアーでは多くの公演でオープニングを飾っている。続くは『It's Only Rock'N Roll』で、この流れだと、ツアーのスタンダードな選曲になるのかな。
『If You Can't Rock Me』で、ステージ後方のスクリーンが稼動。花道は武道館のときのように両端に伸びてはいないが、それでもミックとキースはアクティヴに動き回る。そしてミックの「ツギハ シンキョク」という日本語MCを受けて始まったのは、昨年リリースされたオールタイムのベスト盤『Forty Licks』に収められている『Don't Stop』だ。間奏では、ロニーのギターにつけられたミニカメラの映像がスクリーンに大映しになり、ロニーの指さばきがクリアになる。
『Monkey Man』は、ヴードゥーのときはリサ・フィッシャーとミックのデュエットとなっていたが、今回リサはまだ現れず、比較的原曲通りの演奏となった。そして『You Got Me Rocking』。個人的にあまりいい曲だとは思わないのだが(失礼)、しかしこの曲も今やツアーでは欠かせない曲になりつつある。・・・正直、ここまで私は割と冷静に観ていた。武道館がアリーナ前18列目という好ポジションだったのに対し、この日は同じSS席とは言いながら、後ろから数えた方が早いくらい、ステージとは距離のある位置だったからだ。
しかしだ。次の曲で脳天がショートした。なんと『Ruby Tuesday』!スクリーンは夜のハイウェイのような映像となり、右端の看板を模したフレームに、ステージのミックやキースが映し出される。サビはミックとキースのツインヴォーカルで、しかもハモっているではないか!日本では90年の初来日以来の演奏だが、それ以上に私には思い入れの深い曲だ。白状しよう。私がストーンズを知った高校生の頃、お金がなくてラジオにかじりつき必死でエアチェックしていた頃、最も好きだった曲は『Satisfaction』でも『Brown Sugar』でもなく、3分にも満たない、このシンプルなバラード曲だったのだ。
続くは、これまた意表を突く『Loving Cup』!サビのいちばんいいところでミックの声が伸びてなかったのが少し残念だったが、それでもこの曲を演ったことにこそ意義がある。この1曲だけでも、全世界のストーンズファンはこの日の公演を嫉妬するに違いない。更には『All Down The Line』で、ここではボビー・キーズを始めとする管楽器隊が活躍し(この辺りでフルバンドになった)、場内はすっかりあったまった。更に、ダメ押しと言わんばかりの『Tumbling Dice』。う~む、この日は「メインストリート」デーだったのか。終盤ミックは、ステージ正面からBステージに向かって伸びている花道を、両腕を突き上げながら歩く。その誇らしげな姿といったら、この上なくカッコいいのだ。
キースコーナー、まずは武道館と同様『Slipping Away』。イントロのリフこそ弾くものの、最初のコーラスではギターを下ろして歌っていたキース。武道館のときは、スタッフにギターとっかえに来いという合図なのかとも思ったが、実はこういう仕草で歌っているに過ぎないというのがわかった。続くは予想通りの『Happy』で、ここではまた管楽器隊が絶妙のコンビネーションを見せ、一方ではロニーが、ラップスティールギターで独特の金属音を出していた。
後半戦の幕開けは、『Sympathy For The Devil』。例のサンバ調のイントロに始まり、暗くなったステージでは、ミックが襟元に着けているバッジがチカチカと妖しく光る。中盤はもちろん「フーッフーッ」の大合唱となり、そして終盤はキースのギターソロが炸裂。武道館ではギターソロはほとんどがロニーだっただけに、めちゃめちゃ嬉しかった。
そしてここからも、尋常ではないくらいにすごかった。最早反則技のような、『Start Me Up』『Honky Tonk Women』『Satisfaction』という3連発。演奏の充実度も高く、オーディエンスのテンションも高い。スクリーンは16分割になったり、アニメCGになったりと、視覚効果も抜群。ミックやキースがステージの端の方に行けば、スタンド席のオーディエンスは民族大移動のようにステージに寄ってきて拳を振り上げ、拍手を送る。しかしこの尋常ではない雰囲気は、更なる高みに行き着くための序章でしかなかった。
ミックが正面の花道を歩き始め、いよいよそのときが来たと思った。私はここで、勝負に出た。自分の席を離れて前方に突進し、PAのすぐ後方の通路に陣取る形になった。そして視線を前に向けると、PAを挟む形でBステージがあった。直線距離にして、10メートルもあるかないかという至近距離だ。そして他のメンバーも駆けつけ、ストーンズの4人とダリル・ジョーンズ、キーボードのチャックと6人が揃い、ライヴハウス状態の中でついにBステージが始まった。
その1曲目が、これまたぶったまげた。なんと『Manish Boy』で、「ストーンズの父」マディ・ウォーターズの代表曲、そしてストーンズにとっても非常に重要な曲だからだ。そして演奏が始まって痛感したのは、私の位置取りが絶好だったことだ。PA後方というのは少し段が高くなっていて、私の目線はBステージのメンバーとほぼ同じ目線になっていた。そしてメンバーたちは、メインステージを背にするように、つまりは私の方と真正面で向き合うような格好になっていたのだ。
先ほどの『Ruby Tuesday』ではないが、ストーンズを聴き続けてきて、追い続けてきて、もうどれくらいの年月が経ったことか。求めても近づいてもやっぱり遠かった、ストーンズという存在。その4人が、すぐ目と鼻の先にいるではないか。ミックが歌っているではないか。キースがロニーが、ギターをかきむしっているではないか。チャーリーがいつも通りに、スティックを手にしてドラムセットに収まっているではないか。これがもっとアップテンポの曲ならただはしゃいでいただけだろうが、『Manish Boy』はテンポがスローである分だけ、余計にいろいろなことが頭に浮かんできた。そして思った。私にとってのストーンズとは、まさにこの瞬間のためにあったのだと。
続くは『When The Whip Comes Down』で、ここでやっと少し頭を冷やすことができた。ミックは歌いながら四方を満遍なく歩き、ロニーはオーディエンス寄りに立ってギターを弾く。対照的にキースはドラムセット寄りだ。そして非常に早口で歌われるこの曲は、ストーンズ流のラップ解釈だったのではないだろうか。そしてダメ押しは『Brown Sugar』。いつのまにかボビーも合流。サックスの先にミックがマイクを当て、泣きのフレーズを披露する。大人どころかもう還暦になろうかという人たちなのに、ここでのありさまはまるで後先考えずに突っ走っている悪ガキのようだ。それは私たちも同じで、年を重ねて行くうちにいつのまにか薄らいでしまった、何かに賭けるひたむきな気持ちが、今この場でよみがえったような気がする。
こうして大興奮の中で本編が終了し、アンコールは、武道館ではオープニングを飾った『Jumpin' Jack Flash』。センター席からは真紅の紙吹雪が舞い、それがあまりにもたくさんであまりにも勢いよく噴射されていて、ステージが見えない(笑)。それがやっと収まったかと思うと、ステージには相変わらず高いテンションで歌い演奏する、ストーンズとバンドの姿があった。
正直言って、武道館公演があまりにも特別過ぎたので、あれ以上の感動は得られないのではないかという、妙な諦めの気持ちを以って会場入りしていた。ところがどっこい。終わってみれば、横浜アリーナと武道館、どっちがどっちと言えないくらい、共に甲乙つけがたい満足度の高い内容のライヴになった。トータル時間は1時間50分とやや短めだったが、これが逆にプラスに働き、間延びすることなく常に緊迫した空気の中で進めることになったと思う。そして改めて感じたのは、ストーンズは未だに現役であり、そして最強だということだ。
(2003.3.14.)
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