Elvis Costello 2002.7.7:渋谷公会堂

個人的には、コステロのライヴを観るのは今回が4度目となる。この人のパフォーマーとしての力量には、過去3度のライヴでも充分すぎるほどに思い知らされてきたのだが、今回もまたとんでもないことになりそうだ。その理由はふたつあって、ひとつはこの日が来日最終公演であること。そしてもうひとつは、私が手にしているチケットが、はしっこの方とはいえ最前列だからだ。私の前に人はいない。あるのは、ステージだけだ。





 とんでもないことは、しょっぱなから起こってしまった。客電が落ちて、コステロを含むバンドメンバーが登場。そして注目のオープニングは、今回のツアーのほとんどを飾ったはずの『45』ではなく、なんと『Tokyo Storm Warning』だったのだ!東京公演はこの日以外にも既に2公演行っていて、やはりこの曲は演奏されていた。なのでどこかで演るだろうなと予想してはいたのだが、まさかこうも大胆にセットリストを変えてくるとは、筋金入りのコステロファンでも意表を突かれたに違いない。更に続くは『Shabby Doll』と、これまた意表を突いた中期の曲。この日のライヴ、いったいどうなってしまうのか。


 意表を突かれたにもかかわらず、オーディエンスのリアクションは上々だ。コステロもそれに応えるように「ハウアーユー」「アリガトウ」と挨拶。コステロのポジションは、もちろんステージの中央。黒いシャツに黒いジャケットをまとい、そして黒いGパンという、まるで黒づくめの格好だ。そして今回のバンドは、アトラクションズならぬ"詐欺師"という意味のジ・インポスターズ。そしてそのメンバーだが、キーボードの"盟友"スティーヴ・ナイーヴとドラムのピート・トーマスは、アトラクションズからの2人。そしてベースは、スティーヴが連れてきたという、ディヴィ・ファラガーという人。ピートはコステロの真後ろに構え、スティーヴはその左、ディヴィは右に陣取っている。


 ライヴでは序盤に演奏されることの多い、『Accidents Will Happen』。本人のよほどのお気に入りなのかなと、想像してしまう。早くもコステロの額には汗がにじみ出し(でも結局、ライヴを通してジャケットを脱ぐことはなかった)、力を入れて歌うあまり、ツバが飛びまくっているのもクリアに見えてしまう。こんな細かいところまで見えるのも最前列ならではなのだが、もうひとつ私の目に留まったのは、ピートの姿だった。彼のところには、ドラムの音を拾うためのマイクはセットされているが、彼が歌うためのマイクは用意されていない。なのに、ピートは歌いながらドラムを叩いていた。





 今回のツアーは、新作『When I Was Cruel』に伴うもので、コステロ自身にとっては96年の『All This Useless Beauty』以来、久々のバンドスタイルでのツアーとなる。この間の6年は、スティーヴと組んで2人だけでのアコースティックツアーをしたり、バート・バカラックとのコラボレートがあったり、ジャズ方面へのアプローチがあったりといった具合だった。これはコステロのアーティストとしての懐の深さからすれば充分納得のいく手法のひとつだと思うし、事実それぞれのスタイルにおいて質の高い作品を提供し、ファンを満足させてきたと思う。そうした活動を経ることで、より一層その表現力は厚みを増して、コステロは帰って来た。


 ライヴ序盤から中盤は、新作と初期~中期の曲を交互に披露。これがちぐはぐのでこぼこにはならず、1本の線のようにすうっと筋が通っていて、高いテンションを維持し続けているのだから見事だ。1曲毎にギターを取り替えてはガンガンに弾きまくり、そしてシャウト。勢い余ってマイクから距離を取ってしまい、肉声だけで歌い続けるというシーンが何度もあった。ギターは使い込まれたものが多く、誰かのサインらしきものが書かれているものもある。


 スティーヴ・ナイーブは、キーボードやエレクトリック・ピアノ、ピアニカ、コンピューターなどを次々に操り、変幻自在の職人ぶりを発揮する。テルミンもあって、手をかざすことで電子音を披露。そしてスティーヴが連れてきたというディヴィだが、あまり派手ではないのだが、堅実な演奏をしてみせる。96年のツアーのときはブルース・トーマスがベースを弾いていたのだが、ブルースの心は、その頃からアトラクションズからもコステロからも離れて行っていたとのことだ。コステロがその後アコースティックやコラボレートに走ったのは、ワーナーとの契約満了という事情もあっただろうし(今回のツアーでは、ワーナー時代の曲は数えるほどしか演奏されていない)、アーティストとしてそういう時期に差し掛かっていたのかもしれないが、信頼できるベーシストの不在という一面もあったようだ。しかし、ここでは『The Judgement』という新曲も披露され、コステロとインポスターズとのパートナーシップは、しばらくは安泰かなと思える。


 そして、意図的に?セレクトされている往年の名曲。この日は序盤から何が飛び出すかわからない状態で始まったのだが、中盤でもまさか聴けるとは思わなかった曲を連発。それも4作目『Get Happy!』からに集中し、『High Fidelity』はまだしも、『Posession』『Temptation』『Clowntime Is Over』の4連発ときたもんだ。更には『King Of America』からとなる『Suit Of Lights』まで。オールドファンをも唸らせるこの大胆さは、ボブ・ディランやニール・ヤングにも勝るとも劣らない。





 『45』で、いよいよライヴが終盤に差し掛かったことを予感させる。自伝的要素を歌詞に含むこの曲は新作の顔的存在であり、コステロがバンドを従えてギターを弾くというスタイルをリスタートさせるだけの、勢いを備えていると思う。そしてここからは怒涛の新作攻撃が続き、1曲1曲がクライマックスと化してオーディエンスに満腹感を与える、ライヴパフォーマーとしてのコステロのパワーが全開だ。


 1時間半くらいで本編は終了したが、ここから先は何でもアリのアンコール大会。そしてステージ前はというと、いつのまにか人が集まって来てライヴハウス状態に(他の会場でもこうなったのかな?)。最前列の私も、ステージのへりにかぶりつくようにして、コステロとバンドの再登場を待った。


 まずは今回の目玉のひとつであろう、チャップリンの『Smile』。コステロの曲は映画の主題歌としても起用されることが多いが、この曲はフジテレビのドラマの企画として持ち上がった。しかしコステロは自らアイディアを出し、言わば逆提案の形でこの曲を選んで、凝ったアレンジに仕上げて提供した。それまでのコステロの音楽やキャリアをまるで知らず、映画やドラマの作品によってコステロを知った方もいるかもしれない。だけどそうしたファンに対してさえ、コステロは手を抜くことをしない。そして個人的に嬉しかったのは、このアンコールの締めくくりが『Uncomplicated』だったこと。コステロのベストアルバムは聴く人によってさまざまだろうが、私はこの曲がトップに配されている『Blood And Chocolate』を中期の傑作だと思っている。





 そして2度目のアンコール。本人が、新作の中で重要な曲のひとつと語っていた『Alibi』だ。決して激しい曲調ではないのだが、徐々に感動が込み上げて来る。そしてサビで繰り返し歌われるタイトル。やがてコステロはマイクを離れ、肉声で熱唱。オーディエンスがそれに応えるようにして、「アリバイ・・・、アリバイ・・・」と歌う。


 ここでコステロがバンドメンバーを紹介。いよいよラストスパートという雰囲気が漂う中、ピート・トーマスのドラムビートが響いて『This Year's Girl』となり、場内の熱気は更に一段高くなる。演奏のテンションもいよいよ高くそして密度が濃くなり、コステロもこれまで以上の激しさでギターをかき鳴らす。ここからは、ほとんどメドレーに近い形で『Radio,Radio』~『Oliver's Army』、そして空耳アワーにも使われた(笑)『Pump It Up』と、限界ギリギリ状態が更に続く。


 そして幕引きとなったのは、コステロのアーティストとしての原点とも言える、名曲『Alison』だ。それまでのテンションの高さが嘘のように場内は静まり返り、コステロの歌声に聴き入る。ラストのサビでは、コステロはまたもマイクを使わず、オーディエンスの合唱状態に持ち込んだ。興奮の余韻も醒めあらぬ中、約2年半ぶりとなった日本公演、そしてその最終公演は終了した。











 コステロくらいの人になると、作品にしてもライヴにしても、「いい」というよりは、「悪いわけがない」と思ってしまう。それは安心であり、信頼感でもあり、この人にだったら最初から高いモノを求めても構わないという、ある種のわがままなのだと思う。そしてコステロは、未だかつてこの安心感や信頼感を、裏切ったことがない。そうさせているのはこの人のプロ根性、プロ魂なのだろう。今回インポスターズという相棒を得たことで、コステロの今後からは、ますます目が離せなくなってきた。





(2002.7.9.)
















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