椎名純平 2002.5.26:Club Asia
個人的に、これまでコンサートで入った最も狭いライヴハウスは、スタンディングで600人収容とされている渋谷のOn Air Westだと思う。今回の会場はそのWestのすぐ隣にあるClub Asiaで、収容も更に狭くなって公称300人だとか。チケット代も通常私が観に行っている洋楽アーティストの半額程度で、こうしたことなどからかなり気楽な気持ちで開場を待った。入り口前には会場関係者やゲストバンドの身内と思しき方の姿もあり、更に気持ちは和んだ。
まずはオープニングアクト。チケットには"ゲスト有り"としか表記されていなかったが、来月マキシシングルが、7月にはアルバムが、それぞれソニーからリリースされることが決まっているループ・ジャンクションというユニットだ。ギター、ベース、ドラム、キーボードというバンド編成ながら、メインはラップスタイルのヴォーカルだ。バンドの音はかなり抑え目で、ジャズ~フュージョン調の落ち着いたたたずまいに。そしてライヴ前半は、ほとんどヴォーカリストの独壇場となった。
後半になり、バンドとラップヴォーカルが拮抗してくる。今や日本でもラップやヒップホップのグループは乱立しているが、こうしたラッパーとバンドとの融合というスタイルは、ありそうで実はなかったような気がする。それだけにやたら新鮮に聴こえ、加えて質の高い演奏に魅了される。途中有坂美香という女性ヴォーカリストも現われてツインラップとなる場面もあって、かなり楽しめたライヴとなった。敢えて難を言えば、ステージをもう少し明るくしてほしかったな。
約30分のセットチェンジの後、ついに椎名純平登場。バンドメンバーと一緒に姿をみせ、ステージ向かって右手前のキーボードの前に座る。ニット帽にグラサンといういでたちで、表情はわかりにくい。そして思ったよりも小柄だ。バンドは"Evil Vivrations"といい、ステージの右後方にベース、左後方にドラム、その左隣にギター。椎名純平の左には、トランペットとサックスの管楽器組が陣取っている。1曲目は『EV』。曲名は、バンドのイニシャルなのかな?しかしインスト曲ながら、高い演奏力に早くも圧倒される。
続いてはゴダイゴの『モンキーマジック』~オフコースの『Yes-No』。かなり荒っぽくファンキーなアレンジに仕上げ、どちらもイントロだけではそれと判別するのは難しい。歌い始めたときに、ああこれかとやっと気づかされる始末。そしてここで初めて聴いた椎名純平の肉声だが、日本人離れした太く味のあるいい声で、英語の詩を歌っても少しも不自然に感じられない。カヴァーなのだがまるで自分の曲のようでもあって、そう思わせる力量も素晴らしい。この才能は、実妹に少しも見劣りしない。
そしてMC。一見してコワモテの風貌ながら、実はユニークでさばけた人柄であることが伝わってくる。今回のライヴは「Keep On Struttin'」というイベントで、京都で既に1度やっているのだそうだ。そのときは大阪モノレールというバンドをゲストに抜擢。今回のループ・ジャンクションと同様、"これから"のバンドを起用し共にライヴを行うことで、質の高い音楽を、地道に世の中に浸透させていくことを目指している様子だった。
ライヴに備えてファーストアルバム『椎名純平』を聴いた。鈴木雅之から甘ったるさをそぎ落としたような声は聴き応えがあるが、しかしどれも曲調がミディアム~スローで、これこのままライヴでやったらダレて眠くなっちゃうんじゃないかと、実は少し心配だった。しかし椎名純平は、生の人間が発する場としてのライヴをちゃんとわきまえていて、アルバムの曲をただそのままに演奏するのではなく、よりハードに、よりアグレッシヴに仕上げることで、客に訴えてきた。『逃げろ』はサビで咆哮しシフトチェンジしてアップテンポに変貌し、『白昼夢』は独特の伸びのある声がより説得力を備えていた。
そして終盤は再びカヴァー。アイズレー・ブラザーズの『If You Were There』。個人的にはワム!のカヴァーの方で知っていたが、椎名純平はやはり原曲の方を強く意識しているのだろう。そして本編ラストは、来生たかおの『浅い夢』。本人曰く1.5枚目のアルバム『discover』は全曲カヴァーの作品で、リリースを翌27日に控えている状態。巷では実妹椎名林檎も同日にカヴァーアルバムをリリースし、お互いのアルバムに1曲ずつデュエット参加していることで話題になっている。本人はこんなことで商売をして恥ずかしいようなことを言っているが、しかしこうした企画ものでしかわからない、アーティストの底力を垣間見たと私は思っていて、企画ものというより、純粋にひとつの作品としても非常に優れていると思う。しかし、全くなんて兄妹なのだろう(笑)。
アンコールは更にカヴァーのダメ押しで、マーヴィン・ゲイの『What's Going On』。もしかしたら、椎名純平のライヴではお馴染みなのかな?この人の趣向がR&Bにあるのは間違いないところだと思うけど、アルバムを聴いた限りではどちらかというとダンサブルというよりはじっくりしっとり系といった方向性を目指しているように思っていて、でもそれは一部であって全部ではないんだな、とここで改めて痛感した。
実は私は、この日"あること"が起こるのを期待してライヴに臨んでいた。残念ながらそれは叶わなかったが、だからといってがっくりしたかといえば決してそんなことはなく、狭いハコで、密閉された空間で、極上のひとときを過ごしたのだという満足感があった。東京ドームで5万人が一体感になるというライヴの楽しさもあれば、こうして間近で観るライヴの楽しさもある。どちらもアリなんだよね。
(2002.5.28.)