Bob Dylan 2001.3.4:東京国際フォーラム ホールA
さて東京2日目。私の席は前日より列は少し後ろなのだが、位置はステージほぼ正面。ディランとの直線距離はこの日が最も近くなるということに、椅子に座った時点で初めて気付く。開演時間になるとまもなく始まりますという場内アナウンスが入る。今まではこの後15分ほど待たされたが、この日はすぐ客電が落ちた。
すっかりオープニングとして定着した感のある『Duncan And Brady』でスタート。この日のボブ・ディラン一座(笑)は、ディランを囲む3人がエンジ色のスーツ。ラリーの上着だけなぜか丈が長い。そしてディランは漆黒のスーツ。ディランには黒が似合うということを再認識する。ほぼ正面なので、4人の指の動きや表情もよく見える。
次の曲にブッたまげてしまった。なんと『Song To Woody/ウディに捧げる歌』!!マジかよ!?歌い出しはディラン単独の弾き語りで、他のメンバーはその姿をじっと見つめる。上からディランにスポットが当たり、その光景からオーラが漂う。その後ステージが明るくなり、全員での演奏となる。ディランの出発点、実質的なデビュー曲といってよく、文字通り"フォークの父"ウディ・ガズリーに捧げられた曲である。ディランはこの曲を実際にウディ本人に弾いて聴かせたこともあるのだそうだ。時間にすればそれから40年。ディランは40年間、こうしてギターを抱え、歌ってきたのだ。
そして『Desolation Row/廃墟の街』。この曲を3度も聴けるというだけで私にとっては幸せこの上ないのに、この日はまたアレンジを微妙に変え、ディラン本人によるギターソロも披露。最近のツアーでは好んで演奏されるようで、本人も気に入っているのかなと思う。この日はディランもバンドも、何かが違って見える。気合いが入っていると言えばいいのか、自信がみなぎっていると言えばいいのか。ここで場内は最初の沸点に達した。
エレクトリックに移行し、軽快な曲調の『Absolutely Sweet Marie』。『Can't Wait』を挟み、またまたすぐに反応できない曲(汗)。実は『Seeing The Real You At Last』で、80's半ばの曲なのだ。80'sのディランをどう捉えるかは意見が分かれるところだが、それまでのキャリアがあまりにも輝かしすぎたために霞んでいるだけで、並のアーティストとなら充分に抗し得る密度だと個人的には思っている。もっと再評価されてほしい年代だし、そうした意味でこの選曲は大歓迎だ。だけどもっと聴き込みしなきゃ(汗)。
曲と曲の間場内は暗転し、メンバーは楽器を交換し次の曲のための準備をする。その間ギターをぼろろん♪と弾いている人がいるのだが、この日になって初めてそれがラリーでもチャーリーでもなく、ボブ・ディランその人が弾いていることがわかった。その姿は茶目っ気たっぷりで、なんだかいたずら小僧みたいだ(笑)。こまめに楽器を変えているのはラリーやチャーリーやトニーなのであって、ディランが楽器を変えるのはエレクトリックとアコースティックが入れ替わるときだけだった。
アコースティックで、今度は『Visions Of Johanna』ときた。今日は『Blonde On Blonde』デーなのか(笑)。曲の後半で早くもブルースハープを披露。最後のワンコーラスはこれだけで押し切ってしまった。しかしこちらがあきれるくらい、大胆な日替わりセットリストだ。だけどこれがマニア向けの謎解きになっているのではなく、演奏の充実度で観る者を圧倒する。日本公演もこの日で折り返し。次は関西方面へ向かうのだが、そうした意味合いもあってなのか1曲1曲がとてつもなく重く、クライマックスがその都度やってくるような感覚に陥ってしまう。
再びエレクトリック。『Stuck Inside Of Mobile With The Menphis Blues Again』に、思わず声が出て手を叩く。やっぱり今日は『Blonde On Blonde』デーだったんだ(笑)。この曲は韻を踏んだリズムが素晴らしいアルバムバージョンが印象的で、耳に残っている。ライヴアルバムではローリングサンダーレビューを収録した『Hard Rain』にかろうじて収められているが、ライヴでこそより映えてくる曲だと密かに感じていて、もっと披露されていいと思っていた。
そして『Cold Irons Bound』。もっか新作となっている『Time Out Of Mind』からで、往年の名曲佳曲もいいけれど、直近のアルバムからももっと演奏してほしいなと思っていたのだが、それがかなった形になった。しかしこの日の選曲はツボすぎる(笑)。そして選曲だけでなく、全般的にハードでラウドに仕上がっている演奏も凄い。90'sを席巻したヘヴィーロックに少しもひけを取ってない。本編ラストは『Leopard-Skin Pill-Box Hat』で、横浜と同様、間奏のところでディランがメンバーを紹介し、各自ソロを披露した。
若干長めのインターバルの後、第二幕はもうお決まりの『Love Sick』でスタート。ちゃっちゃっという印象的なイントロのリフは、チャーリー・セクストンの指から発せられていた。このリフが底辺に位置し、ディランの曲に賭けるスピリットを支える屋台骨となる。
そして問答無用の『Like A Rolling Stone』!!極上の瞬間が、またやってきた。ディランが歌っているこの瞬間にさえ変化を遂げているのではないかと思えるような、ブラックホールのように奥が深く底が見えない、とてつもない恐るべき曲だ。ローリング・ストーンズがこの曲をカヴァーしたのは、この曲が持つ魔力に魅せられてしまったからではないのだろうか。もちろん私も、そしてこの場に集まったオーディエンスも、その魔力の虜になっているのだ。
アンコールは横浜公演と同じ曲で進み、『Forever Young』とラストの『Blowin' In The Wind』ではラリーとチャーリーを加えた3人による美しいハーモニーが、感動を一層強固にする。チャーリーは低音、ラリーが高音を発していて、それらを束ねるようにディランがしゃがれた声で歌い上げる。この日も1階席後方はガラガラだったが、そんなことでディランが手を抜くはずもなく、最高のステージを見せてくれたのだ。
この日私はクルマで有楽町まで来ていて、会場である国際フォーラムの地下駐車場に停めていた。終演後出庫しようとすると途中で警備員に少し止められ、その前を品川ナンバーのワゴン車が2台通る。それに続いて私も一般道に出る。
信号待ちで道路が詰まっているようで、なかなか進まない。と、前の2台に向かって手を振る男女数人の姿が。そして警備員数人が2台の周囲を取り囲んでいる。この状況から察するに、ワゴン車にはディラン一行が乗っているのだろう。いい年のおじさんまでもが何度も手を振っている。どうやら先頭の方にバンドメンバー、そして私のすぐ前の方にディランが乗っている様子である。
つまり私が今回ディランに最接近したのは、実はこの瞬間だったのだ。道の方向の関係上、信号が青になると私は2台のワゴン車の後をついて行くような格好になった。東京駅の少し手前でワゴン車はUターン。後をつけようかという気持ちが一瞬よぎったが、そうした行動は他ならぬディラン自身が望まないだろうと思い、私はハンドルを切らず直進して家路についた。つい数10分前まで私を包んでいた感動を思い出しながら。
(2001.3.5.)
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