Bob Dylan 2001.2.25:大宮ソニックシティ
直近のボブ・ディランのライヴは昨年11月。つまり、21世紀最初のライヴは日本からスタートすることになる。この幸運な場面に立ち会わずにいられるか、と私は横浜の自宅からクルマを飛ばし、大宮に向かう。開場1時間前に着いてしまい(笑)、ソニックシティ構内で休む。既にディランファンが多数集結し、それぞれに想いを抱きながら開場を待つ。グッズの先行販売もしていたのでTシャツを購入した。ジョン・レノン・ミュージアムによってから来た人も結構いる様子だ。やはり年齢層は高く、そして男性客が多い。
開場し、自分の席につく。大宮ソニックシティは2階席を含めキャパ約2000。ディランクラスの超大物をこんなハコで観れて果たしていいのか、という気にもなってしまう。開場から開演までは30分しかインターバルがないが、予定時間を過ぎても一向に始まる気配がない。結局20分ほどおして、やっと客電が落ちた。メンバーが姿を見せると歓声が沸き、ここまでまるで緊張感がなかった場内が一変して引き締まった雰囲気になる。
「Ladys and Gentlemen,please welcome Bob Dylan!!」という、スタッフか誰かのMCによってライヴはスタート。アコースティックセットでの『Roving Gambler』だ。トラディショナルナンバーで、オリジナルアルバムにこそ未収録ではあるが、近年のツアーでは割と歌われているようだ(日本編集盤『Love Sick』に収録)。軽快なメロディーでまずは好調のすべりだし。それを演奏するバンドは、まるで旅芸人の一座のように見える。
ディランは全身黒(紺かもしれない)のスーツ。腕と足のところに白いラインが入っている。そして白いブーツだ。今回のバンドは4名。dsのデヴィッド・ケンパーは向かって左奥。そして今やディランの片腕的存在ともいえるbのトニー・ガーニエ。トニーはデカいウッドベースを弾いている。gは2人で、ディランのすぐ左にはラリー・キャンベル。そしてトニーをはさむ形で、ディランの右にはチャーリー・セクストンだ。チャーリーは99年6月からディランバンドに加入。10数年前には『Beats So Lonely』というヒット曲も飛ばしてアイドル的人気を博したこともある。日本にも何度か来ていると思うのだが、ディランバンドとして来るのはもちろん初めてのこと。今回の話題のひとつでもある。
そして早くも名曲が!サビを歌うまでわからなかったが(笑)、『The Times They Are A-Changin'/時代は変わる』である!ディランの長きに渡る活動をそのまま反映した、ディラン自身のテーマ曲のような曲に思える。更には『Desolation Row/廃墟の街』!!この曲は私が最も好きなディランの曲。あの名作『Highway 61 Revisited』のラストナンバーとして収録され、旅を思わせるような壮大なスケール感漂う隠れた名曲である。『MTV Unplugged』に近いアレンジで、軽快な曲調なのに大地に根が生えたかのような力強さを備えている。今回は私にとって5回目のディランのライヴだが、ついに念願かなってこの曲をナマで観れた。これだけでもう大感激!大宮まで来た甲斐があった。
しかしこれだけには留まらず、怒涛の名曲攻撃はまだまだ続く。あまりにベタな選曲だという気もしないでもないが、ことディランに関してはそうはならないのだ。つまりは、2001年に歌う『Don't Think Twice, It's All Right』『Tangled Up In Blue』は、1963年や1975年に歌われたそれらとは明らかに意味合いが違うのである。それは今だ現在進行形として突き進むディランの生きざまそのものであり、私たちがディランに惹かれディランの元に集まる理由のひとつになっているのだと思う。
やがてアコースティックセットからエレクトリックに切り替わる。『Country Pie』ではラリーとチャーリーによるギタープレイの掛け合いも見られる。ディランは80'sはさまざまなアーティストをレコーディングのゲストに迎えたり、トムペティ&ハートブレイカーズやグレイトフル・デッドなどの単独でも大物といえるバンドをバックに従えてツアーしたりしてきていた。それがネヴァーエンディングツアーを始めてからはそうした傾向は薄くなり、真に自分の音楽を伝えるためのパートナーを選別し、バンドとして編成してツアーをするようになっているように思える。
ここソニックシティは設備もきれいで音響もよく、ギターを爪弾く音色までクリアに聞こえてくる。ステージはいたってシンプルで、大仕掛けのセットがあるわけでもない。バックにはカーテンがあってそれが曲によって閉じたり開いたりする。ライティングはブルーになったりイエローになったりして曲によって使い分けられ、それが引き締まったステージを一層効果的に映し出している。まるで豪華な劇場で極上のオペラを観ているような錯覚に陥る。そのオペラを奏でているのは、もうすぐ60歳になる細身の子男なのだ。しかし華奢だ。足なんか、折れそうなくらいに細い。
しかし物凄い充実したライヴだ。初日だからまずは肩ならしとか流すとか、そうした弛緩したムードは微塵もない。『Maggie's Farm』に『Just Like A Woman』と、またもや名曲が炸裂する。『Maggie's Farm』は昨年レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンが『Renegades』でカヴァ−し、曲に込められた差別に対する怒りをストレートに表現し切ってまるで自分たちの曲であるかのような名演を見せている。対してここでのディランは、オーディエンスがまるで反応できないくらいにまで崩し、妖しい魅力を放つ。両者は世代も音楽的背景もまるで違うが、ラディカルさにおいては1本の線で結ぶことができると思う。
ディランにしては珍しいロックナンバーの『Drifter's Escape』では、この日初めて(そして唯一の)ブルースハープを披露。自らバンドメンバーを紹介した後(やはりチャーリー・セクストンのところではひときわ歓声が高かった)、『Leopard-Skin Pill-Box Hat/ヒョウ皮のふちなし帽』で本編は終了。メンバーはステージに立ち尽くし、ここで場内は自然発生的にスタンディングオベーションとなる(ここまではほとんどのオーディエンスが座ってライヴを観ていた)。徐々に大きくなる歓声に満足したのかしないのか、ディランはささっとステージを後にする。
ほとんど間を置かずにアンコール。ステージは暗転したままだが、聴き覚えのあるちゃっ、ちゃっ、というイントロが響き渡る。『Love Sick』だ!!グラミー授賞式の映像が頭に浮かんだのは、私だけではないはずだ。グラミーのときは大勢のコーラス隊を従えてのスケール感溢れる演奏だったが、ここではシンプルで淡々とした演奏。ワンコーラス歌い終わるとステージは明るくなり、今度はレッドのライティング。この絵面が妙な凄みを帯びていて、感動が沸き上がってくる。ディランが90'sに放った傑作『Time Out Of Mind』の冒頭の曲で、キャリアを通じても重要曲のひとつになるはず。それを目の当たりにできた嬉しさを、どうことばで表現したらいいのか。
しかしこれはほんの露払いに過ぎなかった。ついに出た出た『Like A Rolling Stone』!
この電光石火のイントロに、鳥肌が立たない奴はいるか!?
この永遠不滅のメロディーに、感激しない奴はいるか!?
21世紀最初の「how does it feel?」に、全身打ち震えない奴はいるか!?
この必殺技に、締め落とされたくない奴はいるというのか!?
更には1曲はさんでの『All Along The Watchtower』!!いつまで続くのか、この怒涛の名曲攻撃は。この瞬間に立会っていることで、理性がフッ飛びそうになる。
そうした場内の熱を冷ますかのように、続く『It Ain't Me, Babe』はアコースティック。97年のときはステージ前にオーディエンスが集結し混乱にも似た大熱狂の中で歌われたが、同じ曲とは思えないほどにしっとりと、しかし丹念に演奏される。ほとんど消え入りそうなディランの優しい声。「It ain't me, babe...no,no,no...」というサビの部分ではオーディエンスも同じく消え入りそうな声で口ずさむ。そしてディラン本人のアコギによるギターソロ。
更には『Highway 61 Revisited』。言わずとしれたディラン代表作のタイトル曲であり、ディランがウディ・ガズリーに会うために渡ったという、実在する道のことだ。しかしこうしたエピソードを備えている割にはこれまであまり存在感のなかった曲とも言える。この大詰めをまかされるのは少し意外な気もするが、しかし近年のライヴでは好んで演奏されているようだ。そしてこうした引き出しの多さもディランの強みのひとつといえる。ディランの場合は引き出しどころかビルがいくつも建ってしまいそうだが(笑)。
そしてフィナーレ。長いイントロが添えられた後に放たれた、『Blowin' In The Wind/風に吹かれて』。友よ、その答えは風の中にある。ラリーとチャーリーがコーラスで加わり、この永遠のフレーズが一層私たちの心に響く。額から汗がにじみ、そして溢れ出る。激しく体を動かしたわけでもないのに、全身が熱い。それはディランが放ったエネルギーの大きさの現れであり、この日のライヴの完成度の高さを物語っているのだ。
キャパ2000のソニックシティという会場。それとこれでもかという名曲セットリストに、私は94年の最終NHKホール公演を思い出していた。序盤はあのときのライヴの続編のような様相を呈し、そして更に突き上げられたアンコールは、97年の熱狂と感動を彷彿とさせた。公演初日からこんなに飛ばしてしまって果たして大丈夫なのかと、こちらの方が気を揉んでしまう。だけどそれは凡百のアーティストにとっての話で、ディランが自らに課したプロフェッショナルとしての誇りからすれば、当然のパフォーマンスであったに違いない。今回もほぼ全国規模でツアーが行われるが、地方にお住まいの方もぜひこの素晴らしいライヴを観るために足を運ばれることを強くお薦めする。
(2001.2.26.)
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