Jeff Beck 99.5.23:東京Bay NKホール

前日のスポニチ芸能欄に来日記者会見の模様が掲載されていた。若さの秘訣やストーンズのメンバー加入の誘いを断ったエピソードなどを披露していたとのこと。ああ、ジェフ・ベック。ついに日本にやって来たのだ。私もジェフ・ベックと同じ地を踏んでいるんだ。今まで数多くの来日アーティストのライヴに行きながら、こんなことに想いを馳せるのは初めてのことかもしれない。


 海沿いに用意されていたBay NKホールの駐車場は開場時間である午後4時過ぎに既に満車になっていた。それで、ディズニーランドの駐車場の外枠に急遽?設定された駐車場にクルマを停める。日曜日の公演にして、増してやそのアーティストがジェフ・ベックなのだから、客層が高くなってクルマでの入場率が高いのも当たり前か。開演10分ほど前に座席に着く。ぎっしり詰まった場内に、主の登場を待ち構えているステージに、天井でスポットライトを準備しているスタッフに、万感募る思いがした。


 今でも通用する呼び方なのか危ういが、3大ギタリストについて、私はエリック・クラプトンは5回、ジミー・ペイジは計7回観ている。しかし、ジェフ・ベックにだけはとんと縁がなかった。当たり前だ。89年の『Guitarshop』に伴うツアー以来来日していないし(このときはまだコンサートに行くことが習慣づく前だった/後悔)、ここ10年オリジナルアルバムの制作もしていない。不定期に敢行されていたツアーでも、日本はそのルートから外れていた。しかし、ついに、ついに、ついに来たんだ!この時が!この瞬間が!





 開演時間は午後5時を約20分ほど過ぎて、スーッと客電が落ち、そしてすかさずステージの幕が上がる。このテンポの良さにまず驚き、そして言いようのない喜びを噛み締める。幕の上がったステージ上には既に他のメンバーがスタンバッていて、そして『What Mama Said』の電撃のイントロ!大袈裟でなく、全身に電流がほとばしった。全身総毛立った。バンドのコンビネーションが巨大な音量となって結集され、御大を出迎える手はずを整える。電子音声の『~say mama said』のところまで来て、いよいよジェフ・ベックその人登場!か、カッコいい!こんなにカッコいいライヴのスタートはエアロ以来だ。やっぱりこの人はわかってる。


 黒のパンツに黒のTシャツ。袖はまくり上げられている。アルバム『Who Else!』のジャケットまんまの格好である。しかし、ほんとに若い。ほんとにこの人は54歳なのか?体型も以前と変わらず、髪の量も減っておらず(笑)、ヤードバーズ時代からトレードマークになっているまんまの髪形だ。クリーム色のストラトキャスターがカクテル光線を浴びて光り輝き、それをまるで楽器と言うより自分の肉体の一部であるかのようにかき鳴らしている。曲が終わった瞬間、場内が揺れた。みんなこのときを、この日が来るのを、待っていた。まるで長年逢っていなかった恋人に再会でもしたかのようなこみ上げる喜びだ。


 そしてアルバムの曲順通りに『Psycho Sam』へとなだれ込む。10年ぶりのオリジナルアルバム『Who Else!』を初めて耳にしたときの喜び。U2の『POP』、あるいはデヴィッド・ボウイの『Earthling』にも相通ずるベクトル。過去にピークを迎えているアーティストが今再び時代と向き合い、時代の流れに敏感に反応し、それをおのれの血肉と化し、一段高い高みへの昇華を成し遂げたことに対する感動。それをナマで、眼前で受け止めることのできる喜び。これは夢か?幻か?ほんとうに現実なのか?私はスタンド席でずっと座って観ていたのだが、もし立てと言われても腰が抜けて立てなかったかもしれない。


 『Brush With The Blues』では一転してブルージーに、スローに、じっくりと攻める。私の座席はステージ向かって左側で、ジェフ・ベックの弓のようにしなった背中が視界に映っている。しかし、さりげなく振り向いて私たちの方にもギターさばきを見せるジェフ・ベック。今まで数多くのライヴに行きながら全く考えもしなかったことだが、自らの手さばきを全てのオーディエンスにはっきり見えるように、というアングルを考慮してのことなのだろうか。それとも単なるステージパフォーマンスによる偶然なのだろうか。





 そして、ある意味私が最も聴きたかった曲がついに始まる。盟友ヤン・ハマーとのコラボレートによって生み出された『Starcycle』である。ゾクゾクするイントロにオーディエンスのリアクションも早く、そして鋭い。もう20年近く前に生み出された曲だというのに、これが全く古さを感じさせないとはどういうことか。そして、かつては金曜夜8時に放送されていた「ワールドプロレスリング」のBGMとしてお茶の間でもおなじみ?だった曲だ。「人間山脈(=アンドレ・ザ・ジャイアント)」「ヘラクレスの息子アントニオ(=猪木)」「海の神ネプチューン(=ハルク・ホーガン)」などなど、わからない人には全くもって意味不明の当時は局アナだった古館伊知郎による独特のフレーズが蘇る。そう、この曲は故ブルーザー・ブロディの入場テーマ曲でもあったレッド・ツェッペリンの『Immigrant Song/移民の詩』と並ぶ、プロレスラーの燃えさかる闘う魂と、ロックの熱く激しく鋭く切ない魂がシンクロした曲なのだ。


 ステージは新作『Who Else!』、及び前作『Guitarshop』からのナンバーが中心になって進む。が、その中にはビートルズの『A Day In The Life』が織り交ぜられている。『Blow By Blow』で、既に『She's A Woman』を原曲をかなり崩した温かいナンバーに仕上げているジェフ・ベック。これはかつて密接なパートナーシップを結んでいたジョージ・マーティンに対するリスペクトだろうか。しかし鮮やかである。もともと『Sgt.Peppers ~』のラストナンバーとして収録され、長年に渡ってアルバム最大の問題作ととり沙汰されてきた曲なのだが、一見肩の力を抜いたリラックスした曲調のように見えて、実は、漂う哀感、流れる儚さ、悲痛な叫び、胸を締めつける切なさ、これらを魂焦がしてギターに注いでいるのではないのか。新作の中でもこれも哀感漂うナンバーである『Declan』へとつなぎ、その想いは一層深くなる。


 ジェフ・ベックの右脇には女性ギタリストのジェニファー。マイケル・ジャクソンのツアーメンバーも務めたこともあるそうだ。結構大柄で、まるで女子プロレスラーのようである。上体を前後に揺さぶりながらのギタープレイが印象的で、そして常にジェフ・ベックに視線を送り、笑みを絶やさない。自らの役割を充分に理解したかのようなプレイを繰り広げている。そしてジェフ・ベック本人の振る舞い。まるで新体操の選手のように(笑)異様にのけぞってギターをかきむしる姿が多い。曲が終わるごとに照れくさそうに手を上げたり、ぺこりとお辞儀したりしている。途中1度だけマイクに向かって何かことばを発したのだが、あまりにか細い声で聞き取れなかった。





 往年の名曲、まずは『Led Boots』。ステージ最前まで歩み寄り、ワンフレーズごとに腕を振り上げてオーディエンスをあおるジェフ・ベック。ワンテンポ遅れて「ウォー」と応える私たち。ちょっと間抜けだが他にどうとも対応しようがないので仕方がない。そのままドラムソロに移り、他のメンバーはステージ袖に引き下がる。そして『Cause We've Ended As Lovers/哀しみの恋人達』だ。サングラス姿で再登場するジェフ・ベック。キース・リチャーズならくわえタバコでよれよれと登場するところだが、この方がこの人らしい。


 ここまで観ていて思うのは、新作『Who Else!』は『Blow By Blow』や『Wired』などのロック史に名を刻む名盤に比べても少しも見劣りせずに輝いているということだ(10年前の『Guitarshop』を聴いたときも同じことを感じたのだが)。故障に泣き、ヒジにメスを入れて復活を遂げた村田兆治が、オ−ルスターで149キロの豪速球を叩きこんで全セの打者の度肝を抜いたのを思い出した。ピークを過ぎ、栄光を通り越したと思われていた人が、今現在現役バリバリの連中を向こうに回しても老兵扱いされることなく、同等のレベルで張り合っているようなさまだ。


 ステージ本編はこれまた必殺技のひとつである『Blue Wind』で終了する。bの人がジェニファーとdsを紹介。そしてdsの人に替わり、bの人と"ミスター"ジェフ・ベックを紹介する。"ミスター"、か。"ギターヒーロー"、"ギター殺人者"・・・。これらはどれも泥臭い表現なのだが、これがジェフ・ベックを評しているとなると、しっくりくるように思えてくるのだから不思議だ。





 アンコール、まずは"ミスター"ジェフ・ベックとジェニファーの2人だけで登場し、『Guitarshop』からの『Where Were You』で幕を開ける。哀愁を帯び、そして闇の中にキラリと光るナイフのような鋭い切れ味を見せる。まるで人の歌声のようにギターの音色が響き渡る。そして他のメンバーもぞろぞろとスタンバイし、『Big Block』へとつなぐ。


 3月中旬から4月中旬にかけて行われた北米ツアーでも、その後半は『Big Block』がラストナンバーである。最後を締めくくるには少し物足りない気もしないではないが、このさりげなさが逆にカッコいいのではないかと思う。この曲は、締めくくりというよりは、むしろ次への期待、次に起こることの予感を感じさせる曲だ。この人はどこまでも現在進行形であり続けようとしているのではないだろうか。





 世の中にスーパーギタリストとして名を馳せている人は数多くいるが、ジミ・ヘンドリックスとジェフ・ベックだけはやはり別格的存在だと思う。ジミヘンは生き急いでしまってもう30年近くも前に故人となってしまったが、かたやジェフ・ベックは世紀末の現在も健在だ。時代と向き合った作品を世に放ち、旅人のようにツアーを続けるジェフ・ベック。粗探しをするどころか、絶賛することばしか見つからない。


 これ以上一体何を求めるというのかと言われそうだが、強いてわがままを言わせてもらえば野外で観たかった。86年来日公演の軽井沢のジョイントのときのように。あるいはもっと以前のピンク・フロイドの箱根アフロディーテのように。広大な原野に『Starcycle』が、『What Mama Said』が、『Psycho Sam』が響き渡るのを全身で感じたかった。




(99.5.24.)































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