Bernard Butler 98.9.13:Liquid Room
前日のキャンプの疲れが体に残っている。これで果たしてライヴに耐えられるのかという不安に駆られながらリキッドに向かう。最近過ごしやすい日が続いていたのに、この日は暑かった。そして悪名高い階段に並ぶ。暑い。当然ながらここには冷房が効いていない。もう汗だくである。フジロック98以来すっかり重宝しているinterFMのうちわをあおぎながら、やっと中に入る。ステージ向かって左前方のカウンター席の後ろの方に陣取って開演を待つ。7時を15分ほど過ぎたところで客電が落ちる。西部劇映画でかかるような音楽が鳴り響いて、メンバーが登場する。黄色い声援が飛ぶ。そして『Not Alone』でスタート。名古屋/大阪公演の情報で既に知っていたとはいえ、いきなりのこの曲、やはり度肝を抜かれた。スウェード脱退後の数々のセッション、しかしそのどれもがすっきりとせず、その間に古巣スウェードは『Coming Up』で見事にシーンに返り咲き、聴く側としてはバーナードどうしたんだ、大丈夫なのか、という想いが募る中で遂に発表されたソロアルバム。こうした紆余曲折を経て再びスタートラインに立たんとする彼の現在の状況を最も色濃く反映した曲を、いきなり私たちにぶつけてきたのだ。歌い終わり、割れんばかりの拍手が沸く。「コンニチハ」「アリガトウ」という、歯切れのいい日本語で答えるバーナード。
ソロ作『People Move On』からの曲が次々に続く。ほとんど1曲ごとにgを取り替えるバーナード。バックバンドとのコンビネーションもいい。dsはサカモトマコトという日本人で、マッカルモント&バトラーでもdsを担当していた人のようだ。スキンヘッドもまぶしいオッサンなのだが、途中で2回ほどこの人がバーナードに次のgを渡す場面があった。帽子をかぶり、その帽子に"新曲"と書かれた長い紙が挟まれている。微笑ましい光景である。
私は当初、このライヴをフジロック98のイアン・ブラウンのようなライヴになるだろうと予測していた。これはつまり、自分がかつて在籍していたバンド、その輝きをしばらく引きずりつつも現在は自らが真のフロントマンとなっての再出発。それに際し、日本のファンが暖かくそれを出迎え、手を差し伸べ、包み込むという雰囲気になると思ったのだ。しかし、その予測は本人の激しいプレイで突き崩された。
そう、本当に彼は激しかった。
マッチ棒のように細い体を弓がしなるようにくねらせながらgを弾き、その音色は場内に、そして私たちの心の中に響き渡る。こんな痩身のどこにこんなパワーが潜んでいるのか。正直、私はアルバム『People Move On』を買って聴いたとき、おとなしすぎて今1つピンと来るものがなかった。ライヴに行くのも即断できなかった。即断させる程の勢いがあのアルバムには感じられなかった。バーナード・バトラーという人は、そういう繊細で、女性的で、そこが魅力なのだと思っていた。
ところがどうだ。
そのときそのとき、一瞬一瞬にここまで全身全霊を傾けて彼は歌っている。
gをかきならしている。
彼の叫びがここにはある。
「アルバムを作るたび、もう一滴も出なくなるまでスポンジを絞るように自分の全てを出し切ったと感じる」というのはニック・ケイヴの言葉だが、今、目の前にあるバーナードのパフォーマンスは、この言葉をそのまま引用してもいいくらいだ。そういえば、ずっとひっかかることがあった。アルバム『People Move On』の音は全体的に優しい、おとなしい作りなのに、ジャケットになっている本人の顔はやけに鬼気迫っているのだ。実際彼は穏やかで人当たりのいい、いわゆる"いい人"のようなのだが、あのジャケットの顔だけ見るとまるで別人のようなのだ。その疑問はこの場で全て解けたような気がする。
美しくもはかなさを感じさせる『Stay』で本編が終了する。そしてアンコールへ。バーナード1人がステージに姿を見せ、アコースティックで『My Domain』を歌う。が、ここでイヤな事が起こった。歌の過程でバーナードが次の歌詞をぐっとためるところがあり、その"間"のときに1人の客の女の子が次の歌詞を先に言ってしまったのだ。余程その場で「言っちゃダメだよ」と言おうかと思ったが、まだ歌の途中でもあるし、私がそれをやってしまってはバーナードにとっては不愉快なのは同じことなので、耐えた。恐らくあの場にいた他の客も、スタッフも、そして間違いなくバーナード本人にとっても不快な一言だった。言った本人はそれで気持ちがいいのかもしれないが、これはあなた1人のためだけのライヴではないのだ。最低限のマナーは守ってほしいものである。
引き続きアコースティックでアルバムタイトル曲である『People Move On』へ。バーナードの新たなる旅路はまだ始まったばかりであり、先は長い。時には立ち止まり、休むことも必要だろう。ゆっくりと歩いてゆけばよい。まるで勝手な解釈だが、こんな風に歌っているように感じた。そして、メンバーが再登場し、『Woman I Know』へとつながる。この2曲、『Not Alone』に並ぶハイライトであろう。体内の眠っている細胞を活性化させて、自分でも気付かないパワーを目覚めさせ、みなぎらせてくれる、そんな曲に聞こえた。そして妙な例えだが、三蔵法師一行が天竺に向かって旅をしているような、それは長くて、いつ終わるのかわからない永遠に続く旅のような、そんなイメージにとれた。
帰る途中で気がついたのだが、キャンプの疲れなどいつの間にかどこかに吹っ飛んでしまっていた。いいライヴだった。ジョン・スクワイアはシーホーセズを打ち立てることで、あくまでギタリストとして進むようで、これはジミー・ペイジの系譜となるのだろうか。バーナード・バトラーは、ギタリストからシンガー・ソングライターへの転身を鮮やかに成功させたことで、ニール・ヤングやー・リードの系譜をたどることに決めた、そんな気がする。
(98.9.15.)