浦沢直樹の漫勉Neo 大友克洋
NHKのEテレで、不定期に放送されている『漫勉Neo』。タイトルは漫画を勉強するという意味で、浦沢直樹が進行役を務めている。先日の放送は大友克洋で、作品は『童夢』に絞っている。浦沢と大友は顔なじみだが、会ったときにマンガの話をすることはほとんどなかったそうだ。
『童夢』の生原稿から、浦沢が選んだ数点の原画を4Kカメラで映し、スクリーンに表示させながら対談する形式。浦沢が、表現の数々を革新的なものとして称えつつ質問し、一方の大友は40年以上前の作画で覚えていないことの方が多く、浦沢のコメントを生かして「そうだったかもしれない」と言っていた。
合間には、大友が影響を受けた漫画家やデビュー、『童夢』連載時の状況が紹介される。『童夢』以前は若者が部屋にこもって麻雀するなどの作品ばかりだったのが、SFに打って出ることを決意。大友が少年時代に読んでいたマンガは、手塚治虫や石ノ森章太郎らによるSFが多かったからだとのこと。
『Fire Ball』は今ひとつだったが、『童夢』は特に業界に大きなインパクトを及ぼした。成年誌アクションデラックスに、不定期に連載。単行本全1巻に収まっていることも、巻数が伸びる現在のマンガ界事情からすると真逆を行っている。全1巻で名作とされている作品は、ごくわずかしかないと思われる。
マンガ界には「大友以前、大友以後」ということばがあるらしく、それは大友による緻密にして圧倒的な画力ゆえだ。
舞台となる団地、会話劇のアングル、チョウさんとエッちゃんとのサイキックバトル。その象徴が、壁にめり込んだチョウさんのコマだ。史上はじめて、超能力を可視化した記念すべきコマだ。寺沢武一やモンキー・パンチは、早くからパソコンでマンガを描いていた。しかし、大友は『童夢』を手書きで描いていたことになる。これだけでも驚異だ。
浦沢によると、マンガ界にはふたつの大きな分岐点があるとのこと。ひとつは、手塚の『新宝島』。トキワ荘世代に代表されるように、読んだ少年たちがマンガ家を志した。もうひとつが大友の『童夢』で、これを読んだマンガ家志望の若者たちはマンガ家を志すのをあきらめたそうだ。
浦沢は大友に、もうマンガは描かないのかと水を向け、大友は乗せられるように描くかも的なニュアンスで応えた。現在の大友は、全集刊行に携わっていると思うが、さて。
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