大友克洋『童夢』
巨大団地にて、謎の死亡事件が連続発生していた。警察が捜査に取り組む中、ひとりの警察官が転落死し、拳銃が何者かに奪われる。捜査を指揮していた山川部長も、謎の死を遂げてしまう。これらはすべて、団地に住む老人「チョウさん」がやったことだった。
団地に引っ越してきたエッちゃんは、チョウさんが幼児を転落させようとしたのを防ぎ、しかもそれをやったのがチョウさんだと特定し警告する。エッちゃんは隣人のひろしやヨッちゃんと仲良くなるが、チョウさんは浪人生の男やアル中のひろしの父を使い、エッちゃんに攻撃を仕掛けてくる。
エッちゃんは恐らく小学生の子供、チョウさんは老人だが幼児性が高い。チョウさん自身の感覚は、犯罪や殺人ではなく「遊んでいる」だ。ティーンエイジャーでも大人でもないふたりが主人公で、クライマックスは団地の屋上での攻防になり、エピローグでの決着もある。そして、それらは警察や一般人の知らないところで繰り広げられ、知らないところで完結している。
大友克洋が1980年から81年にかけて連載したマンガになり、1983年に単行本化。本作に限らず、大友の台頭は、その表現技法から業界が騒然となり、「大友以前、大友以後」と呼ばれるようになったそうだ。
エッちゃんとチョウさんの超能力による戦闘は、光線や稲妻などを発するという表現ではなく、チョウさんが空中に浮く姿や壁にめり込むさまなど、超能力を行使した結果を表現している。壁へのめり込みはその後多くのマンガやアニメで表現されているが、『童夢』がその最初だと言われている。
ほとんどのマンガは人物にフォーカスを当てているが、それは言ってみれば当然のこと。しかし『童夢』では、緻密なタッチで描写された団地そのものの存在感が大きく、背景の域を超えている。一方で、大友が描く人物は誇張をせずよりリアルに描かれている。はっきり言えば、美形のキャラクターはほぼいない。
そんな大友は、実は先人たちへのリスペクトを作品に込めている。『AKIRA』の金田や鉄雄の名前は横山光輝『鉄人28号』への、劇場公開した『スチームボーイ』は手塚治虫『鉄腕アトム』の海外版タイトル『ASTRO BOY』への、オマージュとのこと。本作のエッちゃんは、石ノ森章太郎の『さるとびエッちゃん』からの引用だそうだ。
『童夢』には、後の『AKIRA』のプロトタイプと思える描写がいくつもある。幼児化した老人のチョウさんは、設定を裏返してタカシやキヨコやマサルに活かしていると思える。エッちゃんとチョウさんのサイキックバトルシーン、エッちゃんがガス漏れの部屋を探そうとして窓を割るシーンなどは、まんまだ。そして、金田と鉄雄も団地で育っている。
個人的には、『AKIRA』の劇場版アニメが公開された後に『童夢』を知り、単行本は一度だけ読んだことがあった。現在は絶版状態だが、2021年から大友の全集プロジェクトが発動し、その第一弾のひとつに『童夢』が選ばれた。紙の本はかさばるので電子書籍の方がありがたいのだが、何度か繰り返し読んでいる『AKIRA』は(されるかどうかわからない)電子化を待てるが、『童夢』はそれまで待てなかった。もちろん、入手できて満足している。
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