リップヴァンウィンクルの花嫁(2016年)
非常勤教員の七海は、SNSで知り合った鉄也と結婚。しかし、式に参列できる親族友人がほとんどいない七海は、「なんでも屋」の安室に代理出席サービスを依頼。無事に式を終えて結婚生活をスタートさせるが、鉄也の浮気が発覚。しかし逆に鉄也の母に浮気の疑いをかけられてしまい、離婚して住む場所も失ってしまう。
安室は七海に、結婚式の代理出席のバイトを紹介。疑似家族を演じることとなり、そこで姉役の真白と知り合う。次に安室は、月100万でオーナーが留守にしている屋敷に住み込むメイドのバイトを紹介。戸惑いながら屋敷に向かった七海だが、先に真白がメイドとして住み込みしていた。こうして、ふたりの共同生活が始まった。
キャストは、七海に黒木華。声が小さく押しに弱く流されやすい役柄で、特に前半の転落していくさまは、観ていて胸が締め付けられる。一方で、安室のことを自分が窮地に陥ったときにいつも助けてくれる存在だと思い、疑っていないのがもどかしい。七海を離婚に追い込んだのは、安室だというのに(鉄也は極度のマザコンだったので、別れてよかったのかもしれないが)。
安室は、綾野剛。情に流されず、といって冷酷なわけでもない。いい人か悪い人かと言えば、悪い人の部類だろう。安室には善も悪もなく、ただなんでも屋の仕事をこなしているだけなのだと思う。七海には、いい人と思わせていた方がやりやすいと考えただけのことだろう。脅す素振りを見せずソフトな人当たりで接しているところが、逆に不気味だ。
安室は数種類の名前を使い分けていて、安室はガンダムのアムロ・レイから引用。七海はSNSでランバラルというハンドルネームの知人を経由して安室と知り合うが、恐らくはランバラルも安室自身ではないかと思う。代理出席のサービス名は「アズナブル」だった。七海自身は、宮沢賢治にちなんで「クラムボン」「カムパネルラ」というハンドルネームを使っていた。
真白は、cocco。本来シンガーの彼女は時に演技の世界にも足を踏み入れるが、にしても、『KOTOKO』といい『ジルゼの事情』といい、どうして破滅型の役柄ばかりなのか。住み込みメイドのバイトのほんとうの依頼者は実は真白で、その理由は友達がほしかったからという(これも、オブラートに包んだ言い方)。屋敷に毒性のあるペットが多く飼われていることは、後になってみれば伏線だった。
タイトルにある「リップヴァンウィンクル」だが、もともとはアメリカの作家ワシントン・アーヴィングによる小説の主人公だ。山に迷い込んでいると小人に酒を振る舞われて酔い、やがて山を降りると20年が経過していて住む世界が変わっていたという、浦島太郎のような話だ。
個人的にこの話に馴染みがあるのは、『野獣死すべし』で伊達邦彦を演じた松田優作の、鬼気迫る演技を観ていたからだ。室田日出男演じる刑事の柏木にロシアンルーレットを仕掛けながら、まばたきをせずイッた目つきでリップヴァンウィンクルの話をする。カメラマンとしてベトナム戦争の現地に赴き、狂気の世界に触れた。帰国後の平和な日常に、自身の中に潜む野獣を押さえられなくなっていたことを、暗示していたのだと思う。
さて本作では、真白がSNSのハンドルネームをリップヴァンウィンクルとしていた。真白は自分の幸せには限界があるといい、自分のために親切にしてくれることが申し訳ない、だからお金を払うことで折り合いをつけるんだと、七海に話す。ふたりは新居を探して決めたその日、ウェディングドレスを買って着たままで屋敷に帰宅する。
ふたりともウェディングドレスを着ているというのが象徴的で、「リップヴァンウィンクルの花嫁」とは、真白にとっての七海を指すだけでなく、七海にとっての真白もまたそうだったのではと思う。前半の転落ぶりから一転、中盤以降七海はどんどん持ち直していく。足を踏み入れた屋敷が、七海にとっての山だったのではと思う。
そのほかのキャストも、結構豪華。鉄也の母は原日出子、真白の母はりりぃ(本作は2016年3月公開で、同年11月に逝去)。モブキャラでは、七海の結婚式の司会者に軽部真一。七海と真白が代理出席したときの、司会者は掘潤、新郎は紀里谷和明。七海と真白が立ち寄ったバーのピアニストは、野田洋次郎だった。
監督は、岩井俊二。この人が監督した映画を観るのは、本作がはじめて。ファンタジックな作品を作る人というイメージを勝手に持っていたが、エグさを突っ込んでくる人だとは思わなかった。この人は映画とリンクする小説の執筆もしていて、本作も劇場公開に先駆けて発表している。
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