J・D・サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』
アメリカ人作家J・D・サリンジャーによる、傑作とされる小説『ライ麦畑でつかまえて』を読んだ。
16歳の少年ホールデンは、成績不良により学校を何度目かの退学になる。時期はクリスマス直前で、学生寮を出たホールデンは、ニューヨークにて数日を過ごした後に実家に帰宅する。
邦訳は2種類あって、ワタシが読んだのは1964年に出版された野崎孝版。その40年後、村上春樹版も出版されているようだ。村上版はホールデンが聞き手に話しかける文体らしいが、野崎版は自身の内面をひとりごとのように語るのが大半である。
正直言って、今のワタシには(16歳という年齢を加味しても)ホールデンに共感できるところはほとんどない。やたらと理屈っぽく、嘘やでたらめを並べ立て、悪いのは全て周囲と決めつけ、関わる人を見下し、そのくせ本人はほぼ無力だ。これどこに着地するのかと思ったら、精神病院に入院して終わっている。意気がっていながら突然泣き出したり、頭痛がしたりという「予兆」はあったので、なんだそういうことかと思っただけだった。
周囲の人々を嫌い、特に親と顔を合わせることをひたすら避けようとするホールデンだが、ただひとり心を許せる人がいて、それが妹のジェシーだった。
彼女に何もかも嫌いなんでしょとずばり言われ、言い返すこともできないホールデン。将来何になりたいかと聞かれ、なかなか答えられず、やっと絞り出したのが、ライ麦畑で遊ぶ子供たちが崖から落ちそうになったときに、捕まえてあげられるような人間になりたいと言い、それがタイトルになっている。
ワタシがこの本を読もうと思ったきっかけは、2つある。まずひとつめは、マーク・チャップマンがジョン・レノンを射殺した後、逮捕されるまで読んでいたという事実だ。衝撃的な事件の一端に絡んでしまい、内容以前に風変わりなタイトルがひとり歩きしているように思い、実体を確かめたかった。
もうひとつは、『攻殻機動隊 Stand Alone Complex 1st Gig』の軸になっている「笑い男事件」が、この本をモチーフにしているからだ。しかし、ホールデンを継承した役どころと思われるアオイは天才ハッカーで、社会に対抗しうる術を持ち実行し、ホールデンよりはるかにましだ。共通しているのは、欺瞞だらけの大人や社会に対する不信やいらだちの感情だと思う。
むしろ、笑い男事件とは異なる第1話にこそ、この本のテーマがにじみ出ていると感じる。主人公草薙素子は、容疑者確保の際「社会に不満があるなら自分を変えろ。それができないなら、目と耳を閉じ口をつぐんで孤独に暮らせ。」ということばを、銃口と共に浴びせる。この素子のことばにこそ、ワタシは共感する(「目と耳を閉じ口をつぐんで~」も、ホールデンのことばを引用している)。
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