ダニエル・キイス『アルジャーノンに花束を』
ダニエル・キイスの代表作にして、傑作との誉れ高いSF小説だ。SFと言っても未来や宇宙を舞台にしているわけでなく、書かれた当時のアメリカが舞台と思われる。ほろ苦くもの悲しいストーリーだ。
30代にして6歳程度の知能の青年チャーリーは、知能を発達させる手術を受ける。知能は急速に発達し、やがて数ヵ国の言語を理解するまでになるが、以前自分にかまってくれていた周囲の人々が自分をばかにしていたり利用していたりしたことに気づき、彼らを見下すようになる。
周囲は、急に天才になってしまったチャーリーを恐れ近づかなくなり、チャーリーは孤独感を感じる。また、知能の急発達こそなれど感情の発達がそれに追い付かず、体が拒否反応を示してしまうことにもなっている。そして手術は完全ではなく、効果は永続的には続かないことが明らかになり、チャーリーに退行が始まる。
タイトルにある「アルジャーノン」とは、チャーリーに先駆けて手術を受けて賢くなったネズミの名前だ。つまり、知能を発達させる動物実験をまず行い、続いて人体実験としてチャーリーが選ばれたのだ。アルジャーノンの退行と死を目の当たりにしたチャーリーは、これが自分の運命と悟りつつなんとか抗おうとするものの、退行を止めることなどできるはずもなく、アルジャーノンに花束を捧げてほしいと記したところで、物語は終わる。
物語は、チャーリーの「経過報告」という形式で綴られている。序盤はひらがなだらけ、字の間違いも少なくない。それが少しずつ漢字が増え、文章も整ってくる(終盤、またひらがなばかりの文体になる)。これは、訳者の力量の賜物だろう。書かれる内容は、チャーリーの思考や体験、そして、手術を受ける前の小さい頃の記憶などが交錯する。
チャーリーは、手術を受けてたとえ少しの間でも幸せになれたのか。あるいは、手術を受けないままの方がよかったのか。解釈は、読み手に委ねられている。ワタシは、どちらかといえば前者だ。
アルジャーノンという固有名詞はかなり珍しいと思うが、この名詞はかなり前に耳にしている。氷室京介がボウイ解散後に発表した最初のソロアルバムが『Flowers For Algernon』で、氷室はこの本を読んで感銘を受け、原題をそのままタイトルに適用したとのことだ。
この作品、映画化もされているらしく、しかもその邦題が『まごころを、君に』。旧エヴァの劇場版サブタイトルは、ココからの引用という推察もある。そして、舞台を日本に置き換えたテレビドラマもあるらしい。ユースケ・サンタマリアがチャーリーにあたる役、菅野美穂がチャーリーが恋心を抱く教師役とのこと。原作こそが最も優れているという評判だが、これらも気になるところだ。
そして、ワタシが今になってこの本を読もうと思ったきっかけは、『攻殻機動隊S.A.C.』にて、愛嬌のあるA.I.自律兵器「タチコマ」が、この本を読んでいたからだった。
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