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越境者 松田優作

公開日: : 最終更新日:2024/06/10 ドキュメンタリー

越境者 松田優作

2008年に出版された、『越境者 』を読んだ。今までにも松田優作に関する本は読んだし、ドキュメンタリーなど関連する番組が放送されれば観てきたが、この本の内容はそれらを軽く凌駕している。

そうなりえているのは、作者が松田優作の元妻で現在は作家の松田美智子だからだ。ある時期まで、という条件はついてしまうが、松田優作の最も身近にいて、彼を見続けてきた人による執筆。それでいて、変に感情が入っていない。恐らくは松田美由紀や優作の仕事仲間ですら知らないと思われる、この人だからこそ知っている優作の素顔が描かれている。

松田優作は、その役者人生の前期はもじゃもじゃパーマの長髪だが、後期は短めのストレートだ。優作はもともと直毛で、役と当時の流行りで長髪のパーマにしていた。そして、その髪をセットしていたのが松田美智子だった。この人の手編みのセーターを衣装にして、出演した映画もあるそうだ。

山口生まれの松田優作は、母が在日一世で、国籍は韓国だった。少年時はいじめや差別にあい、優作は故郷を出て東京に行くことを志した。以前から帰化することを願っていた優作は、『太陽にほえろ!』で売れてきたとき、帰化申請をし晴れて日本国籍を取得している。通常なら取得までにはかなりの日数がかかったり、申請が数回却下されたりするそうだが、それが数ヵ月でしかも一発で取得できたのは、松田美智子の父が地元の有力な政治家で、動いてくれたからだった。

一般人との暴力トラブルがあり、示談が成立したはずのところへきて優作は突如拘留された。弁護士を通じて保釈の手続きをしたのは、松田美智子だった。担当の検事は、優作が顔の売れた俳優ということで、揚げ足をとり権力を乱用して拘留しただけだった。この人は検事の圧力に屈することなく毅然とした態度で応じ、無事に保釈ができた。この検事は、後日地方に左遷されたそうだ。

文章の大半は優作との出会いから結婚生活、そして離婚までで、優作が松田美由紀と再婚して以降のことは駆け足になっている。そこが不満といえば不満だが、それでもこの人は、晩年の優作についての、ある重要な事実を明らかにしている。がんに冒され闘病生活を送っているさなか、優作は新興宗教にハマっていた。松田美由紀の母の紹介だそうだ。このことは、松田美由紀の側からはオープンにはされていない。

おのれに厳しく、共演者やスタッフにも厳しさを強いていた優作が、スクリーンやブラウン菅の向こうでは強靭な肉体を駆使し鋭い眼光を放っていた優作が、死を目前にしたとはいえ新興宗教にすがっていたという事実は、衝撃的だった。

今や優作の存在は伝説となり、死して20年以上が経過してもなお、その影響力は小さくなるどころか、むしろその逆になっている。優作本人は、人間なんてかっこいいものじゃないと、日頃から言っていたらしい。そしてこの本には、優作の人としての弱さやもろさがいくつも書かれている。

他の書籍でもそうだが、優作と他の人との関わりについては、共演する役者陣はあまり登場しない。せいぜい、原田芳雄、桃井かおり、水谷豊くらい。むしろ描かれることが多いのは、監督や脚本家など、製作側の人との方だ。これは、優作が自分が出演する作品についてはとことんまで突き詰め、納得するまで話し合い、時にはケンカもし、同じ方向を向く『共犯者』としての関係を望んだからだそう。

というわけで、優作は自分は大作や名作には向かず、B級作品が合っていると、自ら認めている。大作では進行がシステム化され、監督はじめスタッフ陣との距離感もどうしてもできてしまう。それが、優作にとってはやりにくかった。自分が手の届く範囲で、演じることを望んだようだ。まるでお山の大将だが、優作が自らの限界を知り、それ以上のことはしなかった(できなかった)というのも、意外だった。

自分には到底叶わない、及ばない俳優の存在があり、それを受け入れていたことも意外だった。自分の前に立ちはだかる者はことごとく敵視し、嫉妬し、追い付き追い越すためには如何なる努力も惜しまない、という人とは少し違っていた。たとえば、渡哲也や小林旭、勝新太郎などがそうだったようだ。

その一方、ショーケンこと萩原健一については、自分の少しだけ前を行く者として、生涯意識し続けた。『太陽にほえろ!』の殉職シーンでは、先に殉職を演じたショーケンを越えることを意識した。遺作『ブラック・レイン』では、オーディションで役を勝ち取ったとき、ショーケンもそのオーディションを受けていたが優作の子分役しか枠がないのを知って降りたと聞き、喜んだそうだ(これには諸説ある)。

松田美智子は、タイトルに『越境者』とつけている。越境とは、ボーダーラインを越えた者という意だろうか。優作が越えたのは、在日のボーダー、既存のアクション俳優のボーダー、日本映画界を越えてハリウッドに渡った、などの意味だろうか。そして深読みすれば、松田美智子のもとを去り、松田美由紀に行ってしまったことも含まれるのかも。

松田美智子は、優作の20回忌にあたる2008年にこれを著し、そして今後優作について書くことはないだろうとしている。松田美由紀が関わり公開された『SOUL RED』が表なら、『越境者 松田優作』は裏、という関係にあるのではと解釈している。

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