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「白い暴動」を観た

白い暴動

タイトルからをフィーチャーした映画のように思いがちだが(原題も「White Riot」)、1970年代後半のにおいて移民や人種差別の撤廃を掲げたムーヴメントと、それを起こした団体「ロック・アゲインスト・レイシズム(RAR)」のドキュメンタリーだ。

極右政党ナショナル・フロント(NF)は移民を排除する姿勢を見せ、当局は黒人の移民を貧困から犯罪に走ると一律に決めつけ、監視したり不当に逮捕したりしていた。ロックアーティストでも、、ロッド・スチュワートといった面々は移民は自国に帰れといった発言をしていたとのこと(ほんとうにそう思っていたのか、あるいは半ば皮肉混じりだったのか)。

RARを興したのは少数の芸術家たちで、雑誌を自費出版するなどして活動を進めていた。彼らが当時を振り返りコメントしつつ、合間に当時の映像や写真が流れるという構成だ。

クライマックスとなるのが、1978年4月にヴィクトリア・パークで開催された音楽イベントで、ステージにはザ・クラッシュ、トム・ロビンソン、シャム69のジミー・パーシー、スティール・パルスなどが演奏した。パークはNFの支持層が多いイースト地区にあり、つまり敵陣に乗り込んで仕掛けるという意図だ。当時はインターネットも携帯電話もなかったので、告知はしたもののどれだけの人が集まるか想像できなかったそうだ。申請した人数は500人。しかし、当日は10万人とも言われる大勢の人たちが集まったとのこと。

さてクラッシュだが、実は当時の映像のほとんどは「ルード・ボーイ」からの転用だ。ただ、そちらはクラッシュのローディーとして参加する青年を主人公に据えたフィクションで、RARとの直接的な関わりについては序盤で触れている程度になる。一方この作品では、RARの運営者やトッパー・ヒードンが当時を語るコメントがあった。イベントの出演順を決める際、人気ではクラッシュだが、トム・ロビンソンをトリにしたいという意向をRARは持っていた。トッパーは、トムは最初からRARに関わっていたのを知っていたのでエゴを捨てたと発言していた。

当時のロンドンは不況で失業率が上昇していて、という社会情勢はぼんやりと知ってはいた。ニューヨークでは音楽ムーヴメントのひとつにとどまったパンクが、ロンドンでは社会現象にまでなったというのは、そうした背景もあったと聞いていたからだ。しかし、人種差別とそれに反対する大規模な運動があったということは、この作品を観て知った。

この映画は4月から劇場公開されたのだが、緊急事態宣言を受けて映画館は軒並み休館となってしまった。しかし、各種ネット配信サービスで有料公開され、ワタシはAmazonプライムで観た。こういうスタイル、今後増えるかも。

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