みうらじゅん『アイデン&ティティ32』
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最終更新日:2023/02/12
アイデン&ティティ
映画化された『アイデン&ティティ』の原作は、3部作になっている。その3作目、言わば完結編にあたる『アイデン&ティティ32』を読んだ。
バンドブームに乗ってデビューしたスピードウェイの中島は、あっという間に過ぎ去ってしまったブームの後を受け、商業主義と自分のやりたいロックとの狭間で苦悩し続ける。劇中では、岩本という中島と対照的なキャラクターがいた。岩本も同じくバンドデビューしたが、ブームが去るやいなやいち早く音楽から足を洗ってタレントに鞍替えし、芸能界で生き残ろうとする。2作目までは中島と岩本との距離感はつかず離れずの微妙なものだったが、3作目になって2人の生きざまは急激に接近し、交差する。
岩本はガンで入院し、一度は退院するも、既に転移していて手の施しようがない状態にあり、余命半年と宣告される。岩本は中島を呼び出し、残り少ない時間の中でもう一度だけ歌が歌いたい、ステージに立ちたいと語り、中島は協力を約束。岩本が書いた詞に中島が曲をつけ、ライヴで演奏するという計画が持ち上がる。しかしライヴを前にして岩本は亡くなってしまい、ライヴは岩本の追悼になった。岩本のロックを見せつけられた中島は、メジャーにはいるが中途半端な自分のバンドの状態を脱するべく、再びインディーへと立ち戻る。
中島のモデルは、人間椅子の和嶋慎治だと言われている。人間椅子はバンドブームの中でデビューし、なんと現在も活動中だ。しかしスピードウェイと人間椅子とでは音楽性が異なっていることもあり、思うに、和嶋だけでなく原作者であるみうらじゅん自身も、中島のモデルになっていると思う。
みうらもバンドブーム時に「大島渚」なるバンドをやり、イカ天に出演していた。そして岩本だが、この人にもモデルになった人材がいたはずだと思いながら読んでいたのだが、3作目になってそれが誰なのかがわかった。バンドデビューするもその後タレントに転進し、やがて霊能力を請われてテレビに露出するようになり、最後はガンと戦いながら生き抜いて99年に亡くなった、池田貴族だったのだ。
バンドブームというのは、89年頃から91年頃にかけて起こったもので、この時期に数多くのバンドがデビューし、そして消えていった。ブームの象徴だったのは、TBSで土曜深夜に放送されていた番組『イカす平成バンド天国』、略してイカ天だった。番組は多くのバンドを輩出。たま、ジッタリン・ジン、フライング・キッズ、ブランキー・ジェット・シティーといったバンドがメジャーに進出してそれ相当の歴史を刻んだし、アマチュア時代のグレイが審査員にボロクソにこき下ろされたこともあったそうだ。
人間椅子の和嶋、リモートの池田貴族、そしてみうらじゅんの3人は、恐らくはこのバンドブームの時期に知り合ったと思われ、その後も密接に交流があった様子。3人で覆面バンドをやったこともあるようだ。そして池田がガンと戦うようになったときも、2人はサポートする。『アイデン&ティティ32』では追悼ライヴになっているが、実際のライヴは99年4月に赤坂ブリッツで行われ、池田は出演して歌ったそうだ。そのライヴはみうらが企画していて、当日は人間椅子も参加した。
ワタシは『イカ天』は番組が終わる間際しか見ておらず、バンドブームもその後の各バンドの活動も、情報として仕入れることはほとんどなかった。それが今回、こうした形でいろいろ調べてみていろいろなことを知り、不思議な感動を覚えている。そして、これらの話を母体にして描かれた『アイデン&ティティ』3部作は、どういう形であれ、ロックに関わる人にはぜひお薦めしたい作品である。
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