ボブ・ディラン 我が道は変る
ボブ・ディランの活動初期である、1961年から1965年までの5年間に焦点を当てた映画を観た。
といいつつ、冒頭はディランが生まれる前のアメリカ音楽史を紐とくという、かなり大掛かりなことに。1930年代で紹介されたレッドベリーは、ニルヴァーナがアンプラグドでカヴァーした人として知っていた。50年代にエルヴィス・プレスリーやチャック・ベリーが登場し、ロックンロールが誕生する。
ミネソタ州出身のディランは、ロックからフォークに興味が移り、大学をドロップアウトしてニューヨークに行く。グリニッジ・ビレッジのバーやコーヒーハウスで歌う中、コロンビアレコードに目が止まってレコード契約。コロンビアは意気込んでアルバムリリース前のディランをカーネギーホールのステージに抜擢するが、300人の客席に52人だったとか。
アルバムリリース後のことについては、既に出ている情報をとりまとめているように感じた。ウディ・ガスリーに会いに行ったこと、スージー・ロトロやジョーン・バエズの影響、ニュー・ポート・フォーク・フェスティバルへの出演、そしてエレクトリックへの転向。ディラン本人によるコメントはなく、『Don't Look Back』『New Port Folk Festival』の映像が引用されている。コメントを寄せているのは、音楽評論家やフォークシンガーのマリア・マルダーなどだ。
それにしても、と思うのは、60年代でよくもこれだけの映像や写真が今に残っていたものだ。それもディランだからなのかもしれないが、スージー・ロトロと同棲中の写真など明らかにプライベートだし、誰が撮影したの?と思ってしまう。一方、アルバム制作においてはディランが自力で成長したような描かれ方をしていて、この時期のほとんどのアルバムをプロデュースしたトム・ウィルソンや仕事ぶりは、ほとんど紹介されなかった。
中盤までのフリが長かった分、『Subterranean Homesick Blues』の、歌詞を書いたプラカードを次々にめくる映像が流れた瞬間の、「来たー」感はハンパない。更にニュー・ポートでの『Maggie's Farm』、そしてイギリスツアーの映像と思われる『Like A Rolling Stone』。ワタシがリアルタイムで体験したアーティストの変貌は、u2『Achtung Baby』やレディオヘッド『Kid A』などがあるが、ディランはそれをやった最初の人かもしれない。
この作品の、本国での公開は2014年。日本では、新宿、梅田、そして横浜の3箇所のみでの公開だ。ワタシは横浜のミニシアター「シネマリン」まで足を運んで観た。ココでは、『Don't Look Back』のリマスター版も併せて公開中だ。
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