プリンス(Prince)『サイン・オブ・ザ・タイムズ』(HDニューリマスター版)を観た(2014年2月)
今なおプリンス最高傑作との呼び声高い、87年作のアルバム『Sign ‘O' The Times』。そのときのライヴ映像が89年に公開され、DVD化もされているのだが、今回HDニューリマスター版として劇場公開されている。これを書いている時点で全国3館のみなのだが、そのひとつが横浜だったので、観に行ってきた。
オープニングがタイトル曲で、メガネをかけロングコートをまとったプリンスが、ギターを弾きながら歌い、踊る。ステージ上にはスモークが炊かれ、ほかに見えるのはシーラ・Eくらい。彼女はパーカッショニストのイメージが強いが、今回はドラマーだ。
続く『Play In The Sunshine』でスモークが消え、バンド構成が明らかになる。後方ひな壇の上にホーンセクションとドラムとキーボードが陣取り、前方向かって右にギターとベース、左にコーラスという具合だ。プリンスはコートを脱ぎ捨て身軽になると、歌の合間にキレのいいダンスを披露。個人的には見慣れているが、このマルチぶりに追随できるアーティストをワタシは知らない。強いて言えば、90年代のベックくらいだ。
曲はピアノ弾き語りの『Little Red Corvette』と、シーラ・Eの超絶ソロが繰り広げられるチャーリーパーカーの曲以外は、全て『Sign ‘O' The Times』からだ。ほとんどひとりでレコーディングしたと言われるこのアルバムは、実はライヴ映えもしていて、そして開放的。なおかつ、音楽そのものは革新的だ。
本筋はライヴパフォーマンスだが、実はショートストーリーも混入している。その主人公はダンサーのキャットで、ステージ上ではコーラスや激しいタテノリのダンスを披露するが、愛や救いを求める女性のような設定にもなっている(彼女に救いの手をさしのべるのがプリンス、というようにも思える)。
会場は、実際のツアーではなく、どうやら自身が所有するペイズリー・パーク・スタジオに客を入れて収録したもののようだ。音楽は開放的なのに、どことなく密室感が漂うのも、おそらくそのせいだろう。また、シーナ・イーストンとのデュエットになる『U Got The Look』のみ、別撮りの映像だ。
というわけで、上映時間約90分はあっという間に過ぎ去り、ラスト『The Cross』で大団円。プリンスにとってのベストの映像作品であるだけでなく、ロック映像の中でも選ばれ、語り継がれるべき作品だ。
HDニューリマスター版とのことだったが、ぶっちゃけ映像はそれほどクリアになったとは思わなかった。しかし音質には向上の後が伺え、また全曲に日本語の訳詞がついていたのもありがたかった。特に、タイトル曲『Sign ‘O' The Times』の歌詞は興味深い。「ロケットが落ちたのに、人はまた宇宙へ行こうとしている」というくだりは、前年の86年にスペースシャトルが離陸に失敗した件のことを指しているのだろう。
いつのまにか、「80年代の」プリンスは超人的「だった」、という言われ方をするようになってしまい、個人的には歯がゆい限りだ。確かに、ここ日本では新たな若いファンを増やせずにいると思われるが、90年代以降のプリンスも決して失速などしてはいない。改名するだのアルバム1枚毎にレーベル契約するだの、ごちゃごちゃしてしまったのに、周囲がついて行けなくなっているにすぎない。この人が、今なお超人であることをこの国で立証する最善の方法は、ロックフェスティバルへの出演だ。
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