椎名林檎 99.4.9:Club Quattro

7日の仙台公演が本人のノドの不調により日程延期に。果たして大丈夫なのか、椎名林檎・・・。しかし、さすがにこの日は予定通りに実施するみたいだ。よかった。開場時間前にクアトロ入り口に行ってみる。年齢層が若い。思ったより男の数が多い。


 いつもなら2階席やカウンター席に陣取る私なのだが、今回は人の渦の中に身を投じることにした。フロアの中程に行ってみる。久しぶりだ(笑)。まだ開演前だというのに前に後ろに押し出される。ヤバい雰囲気だ。身の危険を感じる。額から汗が流れ出す。


 午後7時15分。客電が落ちる。客が一気に前方に押し寄せようとする。そんな中にバンドメンバー、そして椎名林檎が登場だ。キャー、という黄色い声がこだまする。しかし、人の頭が邪魔になって、ステージの様子がよく見えない。ここでいったん後ろにさがることにする。そして・・・、



I'll never be able to・・・


 言わずと知れた『ここでキスして。』のイントロである。がしかし、場内息を呑む一瞬、とはならず、押し合いへし合いから逃れるさなかのこのイントロだったので、正直不意を突かれたような感じになってしまった。急いで新しい位置取りを固めなければ。フロア右側は比較的人が少なく、隙間がある。一気に突進。結果、ステージ右側のスピーカーの真ん前に落ち着くこととなった。いちおう最前だ。近い。こんなに近くで椎名林檎を見てしまっていいのだろうか。そして、ナマ林檎の第1印象は・・・、



鋭い眼光だ。


 圧倒的だ。威圧感さえ感じる。媚びていない。女っぽい可愛らしさを前面に出していない。振りかざしていない。この堂々たるいでたち、予想以上だ。椎名林檎の両脇にはトーチ。火がめらめらと燃えている。これ以外に光がない状態なので、一層異様な雰囲気が醸し出されている。


 更に格好が凄い。黒いスリップに黒いストッキング。わざとなのか、適当に破れている。それに黒いガーターベルト。靴の底はかなり高い。それに、上から赤いシースルーのネグリジェ。まるで娼婦だ。髪は真横にまっすぐ下ろしている。そして頭には、もはやトレードマークになりつつあるティアラが、あった。左手の甲には"主"と書かれている。


 もちろんサビでは大合唱になる。私の両脇の女のコが大声で歌うものだから、これ以降ずっと耳鳴りしっ放しである(笑)。最後の「行かないで~ね~」のところでは、声がかすれていた。ノドの具合は大丈夫なのだろうか。少し心配。





 続いては『シドと白昼夢』。ここでやっとステージ上に照明が当てられる。林檎の表情が、姿が一層よく見える。曲はkeyのイントロでしっとりと始まり、しかし、もちろんサビのところではモッシュ状態になり、再びの大合唱となる。私は左手にハンカチを握り、顔中を滝のように流れる汗を拭きながら応戦する。しかし、何故か頭の中は結構醒めていた。林檎の一挙手一投足を見逃すまいという感じになっている。


 そのまま曲間を切らさずにdsのイントロが印象的な『正しい街』へ。gを持ち替える林檎。アルバムのジャケにもよく写っている緑色のディートリッヒだ。そして雄叫び。アルバムのトップを飾るに相応しい曲で、朝日が街中にかざすような、1つの始まりのような、1つの出発のような、そんな感じの曲だ。「正しい街」とは歌舞伎町のことなのか。


 ピアノのイントロ。『茜さす 帰路照らされど・・・』。CDでは歌詞や曲全体のメロディの方に気を取られがちだったが、こうして生演奏を目にし、耳にすると、椎名林檎の曲は、どの曲もイントロが印象的なフレーズで始まっている。英語の歌詞も、鋭く、きれいに歌ってみせる。彼女の魅力のひとつである。




「~~どうも~~し・ぶ・や・えくすたし~~」


 「有り難うございます」と、林檎のMC。「カラダ大丈夫?」というフロアからの声に「大丈夫です。ゴメンナサイほんとにもう~」と、点滴を打たれてるような身振りをする。やっと笑顔を見せる林檎。今までとにかく睨むように鋭い目つきだったので、なんか安心。次は本人お気に入りという、シングル『幸福論』のカップリングである『すべりだい』。


 もこもこしたジャズっぽいbのイントロで始まる、シンプルで力みのない、肩の力を抜いたような曲調だ。優しく、さりげなく、しかし力強さを垣間見ることのできる。『幸福論』のシングル、私はどれだけ探したことか。『無罪モラトリアム』発売の日に、一緒に並んでいたのですかさず買ったのだが。こうした佳曲も捨て難い魅力を備えている。


 そこからすかさずkeyの音色が響く。聴いたことのない曲だ。恐らく未発表なのであろう。ジャジーなムード漂う曲だが、しかし、徐々に『正しい街』のようなパワー溢れる熱唱モードにシフトチェンジしてくる。歌い終わった後、「今あ、やった曲はあ、まだ未発表なんですけど、『罪と罰』という曲でー」という林檎のMC。どうやら点滴打たれてる最中にできた曲とのこと。本人はこれをシングルカットしたいらしく、「皆さんの(EMIに対する)清き圧力を(笑)」と全国各地で呼びかけている様子である。


 「じゃ『警告』」というさりげない、歯切れのいい紹介の後に響くノイジーなg。この曲に限らないことだが、アルバムに比べると結構巻き舌で、こぶしがきいたような歌い方をする。あと、確かこの辺り前後だったと思うのだが(記憶に自信ありませんが)、羽織っていた赤いネグリジェを脱いでしまった。ああ、そんなに露出しないで・・・。胸元の谷間がはっきり見えるやん。歌っていると、スリップの肩ひもがずり落ちてくるし。





 またまた未発表曲だ(『アイデンティティー』)。椎名林檎って、曲をストックしまくっているのではないかな。『ここでキスして。』もシングルカットは今年になってからの話だが、去年9月辺りのインストアイベントで既に歌われていたりするし。続いてはまるでジミヘンのアメリカ国歌のようなgのイントロ。で、これが実はマドンナの『Crazy For You』のカバーだったりする。なつかしい。原曲よりかなりラウドでヘヴィーな仕上がりになっている。


 「今日は、記録的な大人数だそうです」との林檎のMC。私はほとんど前の方にいて後ろの様子が全くわからないが、どうやらそうとう客を入れているらしい。だいたい、クアトロで整理番号Bを出すこと自体異常なのだ。なのにチケットは即ソールドアウトになっているし。MCでは「うぃーす」を連発(笑)。そして、アルバムが売れたことに対する礼を言っていたりする。


 『モルヒネ』。彼女の額に汗が光る。それから彼女の動きだが、わざとやっているのか、ガニ股である。結構ミスもしてる。gのピックをマイクスタンドにさしていて、それを取ろうとして失敗したり。間奏で口笛も披露するが、なんか苦しい。そこが初々しかったりするけれど。そこからなだれ込むように一気に『歌舞伎町の女王』へ。場内タテノリに変わる。私に言わせれば、この曲は椎名林檎にとっての『Antichrist Superstar』であり、そして『ここでキスして。』は『The Great Big White World』だ。私が林檎を意識するようになったのは『ここで~』だが、『歌舞伎町』の方が表現者椎名林檎の"核"的な位置付けだと思っている。


 曲を切らさずにbのイントロが響く。私のすぐ目の前でモヒカンのbがもこもこやっている。『積木遊び』である。なぜかあひるのような手まね、そして、サビの「ジャクソン夫人~」のところでは右手をびしっと真横に突き出す。印象的なパフォーマンスである。椎名林檎の曲は私はどれも気に入っているが、中でもこの曲はより心に引っ掛かっていたりする。不思議な、吸い込まれそうな魅力を備えた曲だと捉えている。


 この曲の途中でバンド"虐待グリコーゲン"のメンバーを紹介。それぞれが所持している免許や所属している事務所を紹介している。メンバーはみんな「北斗の拳」で真っ先にケンシロウに倒されるその他大勢のようないでたちである(笑)。gの兄ちゃんは林檎の奴隷なのだそうだ。手の甲には"奴"と書かれていて、林檎の"主"に対応しているらしい。





 ハンドスピーカーを手にしての『幸福論(悦楽編)』。ブライアン・アダムスのアルバムジャケットを思い出してしまったのは私だけだろうか(笑)。そのスピーカーにはなぜか「日本共産党」と書かれている。ハウリングしまくり。しかし、アルバム同様このヴァージョンに聞き慣れると、ファーストシングルの『幸福論』はスローすぎて違和感を感じてしまう。そこから間髪入れずに『丸の内サディスティック』へ。過激な歌詞、そしてその歌詞に"ベンジー"が含まれていることから、なにかと話題になっていた曲だ。この辺りはもう必勝リレーの感が強い。そしてステージ上を右に左に動く林檎。客に対して挑戦している、何か仕掛けているようにも見える。


 「ゴメンナサイこれで最後の曲です」・・・ブーイングの嵐。「最初からやれ~」「明日休んでもいいぞ~」みんな勝手なこと言ってる(笑)。栄えあるファイナルに選ばれた曲は、『ギブス』。次期シングルと噂されているこれまた未発表曲である。切ないメロディ。荘厳な雰囲気。大作の予感。個人的には、『罪と罰』よりもこっちの方がシングル向けかなあと思うのだが。


 歌のパートが終わるといち早くステージ袖に引き上げる林檎。そして、アンコールを求める声はなんと「もう一発!」だと(笑)。3~4分ほどして林檎がひとりで再登場する。マイクを手にし、「どうも有り難うございます」と一礼した後に、



「もういっぱつ(笑)」


 クアトロ内の湿度が凄いらしい。私にはわからなかったが、湿気が多すぎて天井から水になってしたたり落ちているらしい。MCの間にちっちゃいピアノが用意される。水を欲しがる客に向かってミネラルを景気よく放水しまくる林檎。ああ、こっちにもかけて欲しかった・・・。


 そしてラストは『同じ夜』。ミニピアノの鍵盤がやけにみずみずしく響き渡る。林檎の熱唱がかぶさる。宴のあと。日が沈み、灯が消え、いきとし生けるものが安息の時を迎えるかのような音色だ。終了。最後に林檎が残したことばは、




どうもありがとう。


それでは、失礼します。

























 椎名林檎とは、これから先も長いつきあい?になると思っている。今後の彼女の東京公演、私は必ず足を運ぶようになるだろう(チケット奪取の苦しみはあるが)。思い起こせば、私が自らの意思によって日本人アーティストのライヴに足を運んだのは何年ぶりのことだろうか。しかし、それはすなわち、私にとって彼女の存在が、彼女の音楽が、いかに切実かを物語っているのだ。




(99.4.11.)





















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